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 時間はあっという間に過ぎて、紗雪と会う時間になった。太一は家に戻らず、紗雪と過ごした空き教室に身を潜めていた。
 久しぶりの空き教室。紗雪が学校に来なくなってから、太一は一度も空き教室を訪れようとしなかった。紗雪がいない空き教室を見たくない。この場所は、紗雪がいることで意味を持つような気がしていたから。
 でも、ようやく紗雪と会える。紗雪がこの空き教室に寄るかもしれない。そう思った太一は、空き教室で紗雪を待ち続けた。
 しかし紗雪は時間になっても来なかった。
 約束通り屋上に向かったのだろうか。太一は不安を抱えながらも、空き教室を後にした。
 闇に包まれた廊下に太一の足音が響く。突き当りにある階段を上れば、屋上は目と鼻の先。

 屋上への入口となるドアは、ドアノブのところが鎖で巻かれているはずだ。でもこれは先生達を騙すためのフェイク。鎖が巻かれていることによって、実際に鍵のかかっていないドアを、あたかも鍵の掛かったドアに見せかけている。生徒しか知らない秘密。秘密だからこそ、こうして屋上の出入りが簡単にできるようになっていた。
 階段を上り、屋上への入口であるドアまでやってきた太一はドアノブを見てほっとした。鎖が外れているということは、太一よりも先にこの場所に来た人がいるということ。太一はドアノブに手をかけてゆっくりと捻った。
 ドアが開いた瞬間、太一の顔に風が吹きつけられる。思わず手で風を遮った太一は、ドアを閉めて屋上の真ん中へと歩いて行く。
「紗雪。いるのか?」
 屋上の中央までたどり着いた太一は周囲を見渡す。しかし太一の視界に紗雪の姿を捉えることはできなかった。風が吹き荒れ、太一の耳元を騒がしくする。
 やはり紗雪は学校に来ることができなかったのかもしれない。紗雪の連絡を疑わずに信じてしまったことに、太一は後悔を覚えた。簡単に学校に来れるようなら、紗雪は学校を休まないはずだ。紗雪は家にいることを嫌っていたのだから。
「月岡君」
 風に乗って聞こえた声に、太一ははっと顔を上げる。辺りを見渡すと、転落防止の柵の辺りに人影が見えた。微かに届く光が、人型のシルエットを浮かび上がらせている。
 太一はその影に向かって真っすぐ歩いていく。声を聞いた瞬間、太一の心にあった大きな隙間が一気にふさがれた。
「さゆ――」
 ようやく紗雪の姿を捉えた太一は、紗雪の置かれている状況に言葉を失った。
 紗雪は転落防止の柵の外側にいたのだ。
 一歩間違えれば転落の恐れがある場所に、紗雪は平気な顔して立っている。
「久しぶり」
「……久しぶり」
「今日は来てくれてありがとう」
 危険な場所で笑みを見せた紗雪は、手すりを掴んだまま太一に頭を下げた。
「ずっと月岡君に謝りたかった。私個人の事情に、何も関係なかったあなたを巻き込んでしまって。本当にごめんなさい」
「べ、別に謝らなくていいって。それより話って何?」
 紗雪はゆっくりと顔を上げると、憂いを帯びた顔つきで話し始めた。