柊が好き。そう強く思っているはずなのに、太一は言葉に詰まった。見えない力が太一の言葉を押し殺す。まるで喉に蓋をはめ込まれたような苦しさを覚えた。
 目の前の柊は、何も言わずに太一の返答を待ってくれている。柊の為にも、早く答えを出さないといけない。
 その時、太一のスマホが震えた。デフォルトで入っている着信音が屋上に響き渡る。
「ご、ごめん……」
 柊に謝った太一は、急いでスマホを取り出す。空気を読まないスマホを壊したくなった。
 しかし画面を見た瞬間、生まれた破壊衝動は一瞬のうちに消え去った。暫くの間、スマホ画面を見続けた太一は、ズボンのポケットにスマホをしまい、改めて柊と向き合う。
 そして太一は柊の告白に返事をした。
「……ごめん。柊とは付き合えない」
 太一は頭を下げる。暫く沈黙が続いた。穏やかだった風が急に強く吹き始める。その冷たさが太一の胸にしみ入った。
「そっか」
 柊は笑みを見せると、太一に背中を向けた。
「すごく残念。でも、答えてくれてありがとう」
 振り向きざまに笑みを見せた柊は、俯きながら太一の横を通り過ぎていく。
「俺は柊の夢を応援してる。その気持ちは今もずっと変わらないから。俺にできることがあったら、いつでも言ってほしい」
 柊の背中に向け、太一は声をかける。ずっと思い続けていたことだった。目標をもって全力で取り組む柊に憧れ、思いを募らせてきた。だからその気持ちだけは、言葉にして伝えておきたかった。
「うん……ありがとう」
 柊はいつもと変わらない笑みを晒し、そのまま屋上を後にした。
 一人になった太一は、屋上に大の字になって寝ころんだ。目の前に雲一つない空が広がっている。風が一段と強さを増し、太一の耳元で激しく風音が響いていた。
 太一はポケットからスマホを取り出した。そして先程来たメッセージに目を通す。

『今日、夜の十一時に屋上に来てください。伝えたいことがあります』

 画面に表示された差出人の名前を見た瞬間、太一の中で欠けていた部分が埋められた。満たされていく感覚に、今の自分が誰を必要としているのか。太一にはそれがはっきりとわかった。
 画面の文字を目に焼き付けた太一はポケットにスマホをしまい、改めて空を見た。先程みた文字が、目の前に広がる青い空に映し出される。
「夜の十一時……」
 紗雪の指定した時間は既に学校は閉まっている。誰もいない学校で紗雪が何を伝えたいのか。太一は考えてもわからなかった。それでも音信不通状態だった紗雪が連絡をくれたことが、今は何よりも嬉しかった。
 これでようやく一歩進むことができる。太一は思い出したようにスマホを再び取り出すと、メッセージを打ち込んで送った。紗雪が早く元の生活を送れるように。そのためにできる手は色々と打っておきたい。
 送信がされたことを確認した太一は身体を起こし、決意を胸に屋上を後にした。