目覚まし時計の音で目を覚ました紗雪は、ゆっくりと身体を起こした。辺り一面が真っ暗で何も見えない。一瞬、視界を奪われたような錯覚に紗雪は陥った。それでも暫くすると周囲の環境に目が慣れてきて、自分の部屋にいるのだと認識できた。
 紗雪はゆっくりと立ち上がると、カーテンを開けた。月の光が部屋に差し込み、薄らと部屋が明るくなる。その僅かな明かりを頼りに、紗雪は身支度を始めた。
 学校に行けなくなってからの一週間。紗雪はずっと家にいたわけではなかった。何度も学校に向かおうと、いつも通りの時間に家を出ようとした。だけど学校に辿り着くことができなかった。玄関口で靴を履いた瞬間、視界がぼやけ始め、家を出て暫く歩くと視界が暗転する。その繰り返しから、抜け出すことができずにいた。
 それでも紗雪は諦めたくなかった。中学生の頃、一度諦めてしまったことがあったから。同じような状況に陥るのは二回目。だから今度こそ、絶対にどうにかしてみせる。
 そんな紗雪が思いついたのは、夜の学校に行くことだった。学校に誰もいないことがわかっている状況なら、行くことができるかもしれない。だから紗雪は夜に起床したのだった。
 制服に着替えた紗雪は息を吐いて、自分の部屋を後にした。
 今日は絶対に登校する。その気持ちが紗雪の中で高まっていた。
 玄関口に着いた紗雪は靴を履いた。一週間前はこの時点で視界がぼやけていた。しかし今日は視界がぼやけていない。ほっとした気持ちを胸に、紗雪は家を後にして最寄り駅へと歩を進める。いつもと違う街の雰囲気が、紗雪に新鮮さを覚えさせた。普段は太陽が昇っている時に通る道。だけど今日は太陽の代わりに月が昇っている。制服を着て歩いているせいもあるのかもしれない。これから夜の学校に登校するという自分の行為に背徳感を覚えた。だけどそれが功を奏したのかもしれない。視界が暗転することなく、紗雪は駅までたどり着くことができた。
 電車に乗ってからも紗雪の身に特別大きな変化はなかった。席に座って窓の外に見える月を眺めていると、あっという間に学校の最寄り駅に到着した。電車を降り、改札を抜けた紗雪は学校までの道を歩いていく。