「引っ越しを終えた時、紗雪と一度しっかり話そうと思った。これからのことについて。でも紗雪は私と話すのを拒んだ。話しかけても無視をされたんだ」
 自分の不甲斐なさからか、森川先生は握り拳を作って自らの太ももを叩いた。
「当然だ。紗雪をずっと一人にしてきたのだから。関係を取り戻そうと思っても、紗雪の心に私はいない。大好きだった母親との思い出だけが、紗雪の心にあるだけ」
「……一つ聞いていいですか?」
「……何でしょうか」
「紗雪はクラスメイトの森川有香に、話しかけられてからおかしくなったんです。森川有香について、森川さんは何か知っていますか?」
 普段なら気にならないことだった。同じクラスに同じ苗字の人がいることなんて、よくあることだから。でもあの日。有香は紗雪のことについて、何か知っているみたいだった。有香の一言を皮切りに、紗雪の様子が一変したから。だから太一は気になってしまった。紗雪と有香の間には、何か特別な関係があるのではないかと。
 森川先生は目をつぶると、暫く黙り込んでしまった。静寂が太一達を包み込む。言いたくないことなのか、口をきゅっと結んでいた。それでもようやく口元を緩めた森川先生は、目を開けて太一と視線を合わせる。そしてゆっくりと口を開いた。
「森川有香は……私の娘だ」