黙ったままの森川先生に、太一は聞きたかったことを告げる。
「どうして紗雪さんは、ボンドを否定したいのでしょうか」
「……否定?」
「紗雪さんはずっと言ってました。ボンドを否定したいと。でも、いくら考えても俺にはわからないんです。紗雪さんの考えが見えてこない。だから森川さんに聞けばわかると思って、今日ここに来ました」
 紗雪が隠していることを知れるかもしれない。もし紗雪を救えるなら。太一はそんな思いを抱いてここに来た。
「……すまない。私にはわからない」
 しかし森川先生は、太一の期待していた答えをくれなかった。
「わからないって……どうしてですか?」
「紗雪とは……暫く会っていないんだ」
「会って……いない?」
「仕事が忙しくて、中々家に帰れない日が続いてしまって」
 太一だって森川先生が忙しいことは知っていた。病院での仕事に加え、ボンドの仕事もしている。人の倍以上の仕事をしているのだから、家に帰れないこともあるかもしれない。
 それでも太一は森川先生のことが許せなかった。
「紗雪は一週間、学校を休んでいるんです。どうして仕事だからと言って、紗雪を放っておいたんですか」
 突然強い口調に変わった太一に、森川先生は目を丸くしていた。
「紗雪はずっと心細かったと思います。学校であれだけのことがあったんだから。なのにどうして支えてあげないんですか。家族じゃないんですか?」
 太一の言葉は親に対する反抗だったのかもしれない。太一はずっと両親に振り回されてきた。仕事だからといって家を空け、しまいには妹の美帆と太一を残して海外へと行ってしまった。そんな経験をしていたからこそ、太一は森川先生の態度が許せなかった。
「太一君……学校で何があったのか教えてくれませんか? 紗雪に何があったのか」
 ようやく紗雪のことを知ろうという意志を見せた森川先生に、太一はあの日、学校で起きた出来事を話した。