森川雅樹。紗雪の父親でボンドを発見するための薬を開発した人。お世辞にも、紗雪とは似ているとは言えなかった。
「太一君だよね?」
「そうです」
 太一の声に頷いた森川先生は、受付の女性に視線を向けた。
「今日はもう帰ります」
「わかりました」
「何かあったら、すぐに連絡を」
 そう告げた森川先生は太一に向き直った。
「それじゃ、行こうか」
 森川先生はそのまま病院内にあるエレベーターの方へと向かって行く。太一は後を追った。
 森川病院は十一階まであるとても大きな病院だった。最上階の十一階で降りた太一は、森川先生の後ろをついていく。リノリウムの床を歩くたびに響く足音。会話のない廊下。薄暗い院内。慣れない場所は太一を少し不安にさせた。森川先生はそんな太一を気に留めることなく、数歩前を歩いて行く。
 暫く歩くと、とある部屋の前で森川先生が止まった。
「私が院内でいつもいる場所です。ここで話しましょうか」
 ドアを開けると、森川先生は太一を椅子に座らせた。
「何か飲みたいものはあるかな?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
 今日は遊びに来たわけじゃない。森川先生に聞きたいことがあるから病院に来た。
 森川先生はカップを一つだけ用意してコーヒーを入れると、太一の近くにあった椅子に腰を下ろした。
「太一君とは話さないといけないと、ずっと思ってました」
「俺とですか……」
 すると森川先生は太一に向かって頭を下げてきた。
「本当に申し訳なかった。まさか太一君のボンドがゼロ型になっていたなんて」
「……もう大丈夫です。紗雪さんから真実を聞いたので」
 太一の言葉に、森川先生の顔つきが変わった。
「さ、紗雪が何かしたんですか」
 森川先生は太一の肩に手を置いた。その力の入れようから、かなり動揺しているのが伝わってくる。
「紗雪さんから何も聞いてないんですか?」
 太一の問いに森川先生は首を縦に振った。太一はボンドが変わっていた理由を、森川先生に話す。森川先生は本当に知らなかったみたいで、太一の話を聞いている途中で頭を抱えてしまった。
「そんな……まさか紗雪がそんなことをするとは……」
 自分の子供の行為が信じられず、森川先生は額に手を当てて考え込んでしまった。相当ショックだったのかもしれない。
「森川さんに聞きたいことがあります」