学校からの帰り道。太一は自宅を通り過ぎて駅まで向かった。学校とは正反対の場所に位置する駅。いつもは買い物で利用する場所だけど、今日の太一には大切な目的があった。
 改札を通り抜け、電車に乗り込んだ太一は空いている席に腰を下ろす。それと同時にドアが閉まり、電車はゆっくりと動き出した。流れる景色を眺めつつ、これから向かう場所で聞こうと思っていたことを整理する。
 紗雪が学校に来なくなってから一週間。ずっと考えていたことがあった。
 どうして紗雪はボンドを否定したいのだろうか。
 放課後の教室で話した時も、空き教室で話した時も。紗雪はずっとボンドを否定したいと言っていた。偽りの関係を始める理由も、嘘をついていた理由も、全てがボンドを否定したいということが理由だった。
 でも紗雪がどうしてボンドを否定したいのかだけは、ずっとわからなかった。深く紗雪の心に潜り込もうとすると、いつも見えない壁に遮られているような感覚に太一は陥る。紗雪には何が見えて、何が見えていないのか。太一にはわからないことだらけだった。
 だから太一は考えた。紗雪のことを一番知っている人に聞くのが良いのではないかと。ボンドを否定したいと言っている紗雪の父親に会いに行くことで、何か見えるものがあるはず。紗雪の身内にしかわからないことが、実際にあるのかもしれない。
 電車に揺られること二十分。太一は自宅の最寄り駅から五駅先の駅で降りた。改札を抜けて暫く歩くと、目の前に大きな建物が見えてくる。目的の場所である森川病院だ。建設されてまだ一年ちょっとしか経過していないだけあって、新鮮さを感じさせる外見だった。
 太一は正面入口を通って受付へと向かった。
「すみません」
 太一の声に目の前にいた女性が顔を上げた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか」
「あの、森川院長に会いに来たんですけど」
 太一の言葉に女性は目を丸くしていた。
「失礼ですが、院長とはどのような関係でしょうか」
「学校の同級生のお父さんです。話したいことがあるんです」
「事前に面会の予約は取られていますか?」
「……とっていません」
「では、予約をとってからあらためて訪問していた――」
「その必要はない」
 視界に入った瞬間、太一はこの人だと確信した。