父に対する初めての反抗だったかもしれない。元からほとんど話していなかったから、機会がなかったということもあるが、紗雪が覚えている限りでは初めての反抗だった。
「母さんとはすでに離婚したんだ。だからもう会いに行くな」
 父が告げた言葉が衝撃的すぎて、紗雪は開いた口が塞がらなかった。
「離婚……って、どうして私に話してくれなかったの」
「子供のお前にはまだ早い。だから話さなかった」
 父はそう言うと、話を切り上げて仕事へと行ってしまった。
 紗雪は父の言葉が許せなかった。
 どうして離婚することについて、一言も相談がなかったのか。
 どうして母に会いに行ってはいけないのか。
 父の言い分は、当然納得できるものではなかった。だから紗雪は父への反抗を含めて、母に会いに行くことにした。
 本当に離婚したのか。
 父が一方的に言っているだけではないのか。
 その真意を確かめるために。
 しかしこの日の刑務所はいつもと様子が違った。いつも通りなら直ぐに母と会わせてくれるはずなのに、紗雪は一時間も待たされていた。早く母に会いたいと思う気持ちとは別に、紗雪の脳裏に不安がよぎる。
 もしかしたら母に何かあったのかもしれない。
 紗雪の不安は刑務所に来てから二時間後、現実のものとなった。
 母が刑務所内で自殺した。
 刑務所内で着ていた長袖のシャツを、天井近くに設置されたトイレタンクの配管にくくりつけ、首を吊って自ら命を絶ったのだ。
 その事実を知らされた紗雪は、目の前が真っ暗になった。
 今まで紗雪を支えてきたのは母だった。いつも紗雪のことを考えてくれている母がいた。だからこそ紗雪は、どんなに酷いことがあっても頑張ろうと思えた。
 母が笑顔になるような報告をしたい。そのためにこうしてずっと会いに来ていたのだから。よりにもよって父の言っていた真意を確かめに来た日に、心の支えだった母が亡くなるなんて。
 家に帰ってからも涙はずっと止まらなかった。どうして、何故といった思いだけが紗雪の中で膨れ上がっていく。昔から母親っ子だった紗雪は、これから何を支えに生きていけばよいのか。
 ふと父の顔が脳裏をよぎった。
 これから父と二人で生きていくことになる。それが不安で仕方がなかった。