紗雪の知っている母は、いつも笑顔で明るい人だった。そしてとても温かい包容力で紗雪を迎えてくれる。そんなイメージが強かった。だけど今の母は、紗雪の思っている通りの母なのか。もし紗雪の思っていた母と正反対の母に変わっていたら。そう思うだけで紗雪は震えが止まらなかった。
 そんな紗雪の気持ちを石川先生は受け入れてくれた。そして石川先生に連れられて、およそ五年ぶりに母と会うことになった。
 母との面会時間は十分間。警察に連れて来られた母の姿を見た紗雪は、あまりにも変わり果てたその姿を直視できなかった。そして言いたかった言葉も中々出ずに、ただガラス越しで対面するだけ。このまま時間が過ぎてしまうのではないかと思うくらい、話し出すことができなかった。それでも何とか母と向き直って、紗雪は学校での出来事を話した。
 元気でやっていること。友達もたくさんいて毎日が楽しいということ。勉強も頑張っていること。
 全て嘘でかためられた言葉が、紗雪の口から放たれていた。今の自分がどんな状況にあるのか、紗雪は母に真実を伝えられなかった。
 そんな紗雪を見た母は、紗雪に向かって何度も頭を下げてきた。
「ごめんね。ごめんね、紗雪」
 紗雪は母から顔をそらしてしまった。必死で溢れる思いを噛み殺し、自分を落ち着かせることだけを考えた。
 母は言わなくてもわかっていたのかもしれない。紗雪が学校でどんな目に遭っていたのか。
 最初の面会はそのまま時間切れとなり、先生と共に刑務所を後にした。
 家に帰った紗雪は、前よりも気持ちが楽になっていることに気づいた。学校での嫌なことが全てどうでもよくなった。そう思うことができるのも、母と会えたからなのかもしれない。
 そして紗雪の中で欲が生まれた。
 また母に会いに行きたい。
 今度は一人で。
 いつか母に、嘘ではない報告ができるように。
 紗雪は一人で母に会いにいく機会を増やした。母も次第に笑顔を見せてくれるようになり、少しずつだけど良い方向に進んでいると思っていた。

 紗雪が中学二年生になった日の朝。久しぶりに顔を合わた父が話しかけてきた。
「お前、母さんに会いに行ってたのか」
 父の発言は、まるで会いに行くなとでもいう発言だった。
「そうよ。だって私のお母さんだもの。会いに行って何か悪いの」