紗雪が教室に入る度にクラスメイトがひそひそと声を上げる。直接言ってこないのが、本当に嫌らしいと思った。だけど紗雪は言われても仕方がないと思っていた。事実である以上、その罪を背負って生きていかないといけない。久美のほうが、紗雪よりもずっと苦しいはずなのだから。
 しかし時間が経つにつれ、紗雪に対する罵詈雑言は徐々になくなっていった。母の事件は過去の出来事と扱われ、紗雪は比較的穏やかな学校生活を送れるようになっていた。その代わり一人も友達ができないまま、紗雪は中学校に進学した。

 中学生になった紗雪を待っていたのは少しの幸福だった。
 紗雪は母親譲りの美貌の持ち主だった。意志を感じさせるキリッとした大きな目。スッと通った高い鼻。そして腰まで伸びた艶やかな黒髪。教室の隅で静かにしていても、むしろ目立っているくらいだった。
 そんな美少女になった紗雪を、思春期真っ盛りの男子達は放っておかなかった。
「付き合ってください」
 紗雪に告白をする男子が後を絶たなかった。しかし紗雪は当然のように断っていた。
 紗雪の中学校は二つの小学校の生徒が通っていた。そして紗雪に告白をしてくる男子は、別の小学校に通っていた男子。同じ小学校に通っていた男子は、一人も告白をしてこなかった。
 こうなれば嫌でもわかってしまう。紗雪の過去を知った瞬間、告白してくる男子は一人もいなくなると。紗雪自身、告白されるのは嬉しかった。自分を見てくれている人がいる。小学生の時とは違って、誰かに存在を認識してもらっていると思えたから。だから少しだけでも、今感じている幸福を大切にしたい。そう思っていた。
 しかし紗雪の運命は、最悪な方向に進んだ。
 紗雪の男子人気に腹を立てた一部の女子が、紗雪の過去について話し始めたのだ。その話は紗雪とは別の小学校に通っていた生徒にも広まっていき、次第に嫌がらせをする女子が増えていった。
 それでも紗雪は気にしないようにしていた。小学生の頃、同じような仕打ちにあったことがあったから。紗雪にとって、ひそひそと噂されるのは慣れっ子だった。
 しかし紗雪に対するいじめは、日を追うごとにエスカレートしていった。