「星野さんの言っていることに間違いはないわ。私はあなたを利用しようとしたのだから。だから私はあなたに何をされようと、何も文句は言えない。それだけのことをしてしまった」
 紗雪の説明でいろんなことがわかった。でも太一にはどうしてもわからないことがある。
「結局さ、どうして紗雪はボンドを否定したいんだ」
 まだ紗雪は答えていない。ずっと濁し続けている。
「もう、どうでもいいことよ」
 紗雪はさらっと太一に告げると、ゆっくりと腰を上げた。
「本当にごめんなさい。今日であなたとの関係は終わりにしましょう」
 頭を下げた紗雪は、太一を一瞥して空き教室を出て行った。空き教室に静寂が戻る。既に一限目が始まっている時間になっていた。
 正直もっと怒りが込み上げてくるかと思った。紗雪を信じて付き合ってきたのに、全てが偽物だったのだから。でもなぜか、紗雪のことを憎むことができない自分がいた。これから紗雪が味わうかもしれない苦しみを知っているからなのかもしれない。紗雪が教室に戻ったら、酷い仕打ちが待っているはずだ。皆から変な噂をされ、それに耐え切れなくなるかもしれない。
 そんな紗雪の未来を想像する自分が、本当に情けなかった。
 紗雪の表情が脳裏をよぎる。今までの出来事が太一の脳内を支配する。
 一緒に登校したこと。
 一緒にお弁当を食べたこと。
 そして、毎日一緒に二人だけの空間で過ごしたこと。
 わずか数週間の出来事なのにも関わらず、太一の中にはたしかに紗雪が存在していた。
 それに紗雪はまだ隠していることがある。ずっとボンドを否定したい理由を明かさないのは、言えない何かを抱えているからに違いない。
 ――太一は優しすぎるんだよ。
 夏月に言われた通りなのかもしれない。騙さていたのに、まだ騙されていた相手のことを考えている。でもたとえ騙されていたとしても、紗雪が本当に苦しんでいるのだとしたら。太一にはそれを見捨てることができなかった。
 そしてこの日を境に、紗雪は学校に来なくなった。