「父は昔から仕事ばかりで、仕事のためなら家族を顧みない人だった。好きなことがあると、寝ずにずっと熱中する人だった。だから眠れないことがよくあったの。そんな父は安眠するために睡眠薬をよく飲んでいた。だからその日、父に睡眠薬をいつもより多めに飲ませたの。気づかれないようにコーヒーに混ぜて」
「自分の父親にそんなことまでしたのかよ」
「……そうよ。だって私は、ボンドを否定したかったのだから」
 紗雪の行動が太一には理解できなかった。自分を生んでくれた両親に対して行うことなのか。一歩間違えれば問題が起こることくらい、紗雪なら知っていたはずだ。
「私はあなたに全てを委ねた。あなたならボンドを否定してくれる。必ず良い結果を持ってきてくれると。それに期待して、私はその日のうちにクラスメイトに画像を流した」
 有香のスマホに送られた画像。何もかも全て紗雪が仕組んだことだった。
「でもそんな簡単に物事は運ばなかった。あなたがゼロ型だとわかってすぐに、柊さんと別れてしまった。このままあなたが一人でいることはボンドを肯定することになる。それは絶対に嫌だった」
「だから俺と付き合うことにしたのか」
「……うん」
 偽りの関係。始めから紗雪は何かを隠していた。それは太一も感じていたことだ。でもあの時はそこまで頭が働かなかった。
「あなたが柊さんと付き合い続けてくれたら、私はただ傍観しているだけでよかった。でも別れてしまった。だから私自身で動くしかなかった」
 太一は悔しくて仕方がなかった。紗雪はずっと自分を守るために動いてくれていると思っていたから。でもそんな太一の甘い考えを紗雪は持っていなかった。夏月の言う通り、始めから紗雪に用意されたレールの上を進んでいただけなのだ。
「柊さんと別れて、あなたは本当に一人になると思ってた。だけど予想外なことがあった。星野さん。彼女は異性なのにも関わらず、あなたのために動いていた。そして私のついた嘘は彼女に簡単に暴かれてしまった」
「もし俺が直ぐにボンドの結果を見てたらどうしたんだよ」
「やることにかわりはなかったと思う。あなたがどんなに否定しようとも、一度はゼロ型という噂が広まる。あとは柊さん次第だけど……私はあなたと付き合うつもりだった」
 紗雪の緻密な計画に、太一は言葉が出てこなかった。