紗雪の肩から手をどかした太一は、その場に腰を下ろしてそっと壁に寄りかかった。
「全てはボンドを否定するため」
 紗雪の声が太一の耳に届く。
 まただ。
 紗雪と偽りの関係を始める約束をした日。あの時も紗雪はボンドを否定したいと言っていた。太一がゼロ型だから。だからこそボンドを否定するのにもってこいだと。
「だったら、紗雪が自分で行動すればよかっただろ。友達を作って、彼氏を作って。どうして俺を巻き込まないといけなかったんだよ」
 本音が太一の口から出る。紗雪に対しての憤りが言葉になって表れる。
 紗雪は太一を一瞥すると、口を開いた。
「あなたの周りには、仲の良い友達と彼女がいたから」
 太一の脳裏に手塚や夏月、それに柊の顔が浮かび上がる。
「ボンドの結果が発表された日。私は初めて自分がゼロ型だということを知った。正直ショックだった。どうしてゼロ型なのか。今まで見つかっていないゼロ型に、どうして私が選ばれないといけないのか。そんな思いに駆られていた時に、あなたのことを思い出したの」
「俺を……」
「帰りのホームルーム前。あなたは手塚君と話していた。彼女ができたって」
「聞こえてたのか!」
「当然よ。あれだけ大きな声で話してたのだから。周りの人達は知らないけど、少なくとも一人で座っていた私には聞こえた」
 一人でいると周囲の声がよく耳に入ることがある。太一自身、それは経験済みだ。
「もしあなたみたいに友達関係に困っていなさそうな人が、ゼロ型だと知られてしまったら。周りの人達がどんな態度をとるのか。私はそれを見てみたかった。私自身で否定できないボンドを、あなたなら否定してくれるかもしれないと思ったから。だからその日の夜、あなたのデータを改ざんしたの。私のデータと入れ替えて」
 紗雪の冷めた声音に、太一は思わず息を呑んだ。ゆっくりと紗雪の一言一言を消化していく。
「改ざんは簡単だった。父がボンドのデータを自宅で打ち込んでいるのを知っていたから」
 夏月が持っていた音声データでも、森川先生は自宅で作業をしたと言っていた。