◆◆◆◆◆
「それじゃ私は部屋に戻るから、終わったら声かけてね。お父さん」
 ドアが閉まる音が部屋に響き渡った。夏月が自室に戻るのを確認した星野教授は、カウンターに座っている森川先生の隣に腰を下ろす。
「すみません。うちの娘が変なことを言い出して」
「いえ。問題はないですけど、夏月ちゃんの言っていたことって……」
 森川先生の疑問に、星野教授は答える。
「ええ。おそらく紗雪ちゃんのことだと思います。今回のボンド検査において、ゼロ型の診断が出たのは紗雪ちゃんだけなので」
「それじゃ、どうして夏月ちゃんはあんなことを……」
 星野教授は森川先生に自らのスマホ画面を見せた。
「ポータルサイトの情報が、知らないうちに書き変わっています」
 表示された画面に記された紗雪のボンドは、ゼロ型ではなくて2―1。フッ素型だった。
「夏月が太一君のことをゼロ型と言っていたのも、ポータルサイトで示されていたから。私達は、子供達に誤った情報を吹き込んでしまったみたいです」
 夏月に入れてもらった玄米茶を口に含んだ星野教授は、ふーっと息を吐いた。
「本来は紗雪ちゃんがゼロ型で、太一君が2―1なのに。今日、森川先生と話そうと思っていたのは、紗雪ちゃんのことでした」
「ええ。私もそのつもりでこちらに伺いました」
 紗雪がゼロ型ということについて。大事な娘がゼロ型という事実が、森川先生に不安をもたらしていた。
「でも紗雪ちゃんの前に、話さないといけないことができましたね」
「……ええ」
 どうしてポータルサイトの情報が変わっていたのか。まずはそのことについて話さないといけないと星野教授は思う。
「現状を考えると、やはり森川先生が行ったとしか私には考えられないんですよ」
「わ、私はやっていません」
「でも、ポータルサイトの情報を入力したのは森川先生でしたよね?」
 星野教授の指摘に、森川先生は何も言えなかった。星野教授の言う通り、ポータルサイトの情報掲載を請け負ったのは確かだったから。
 星野教授は続ける。
「それにポータルサイトの情報を変えるために必要な管理者権限を取得していたのは、学校側を除いて森川先生だけだったはず。当然、疑われても仕方がないですよ」
 森川先生はグッと握り拳を作ると、星野教授に視線を向けて言い放つ。
「で、でも私には本当に身に覚えはないんです。確かに私はボンド検査の結果をポータルサイトに記載しました。今回は初めてニ十歳未満の検査ということもあり、情報管理を徹底するために私自身で結果を入力しました。でも、娘がゼロ型だからと言って、見知らぬ他人をおとしめるようなことなんて、絶対にしない」
 力強い言葉に星野教授は思わず視線をそらす。森川先生を疑いたくなかった。長年ボンドの研究を一緒に続けてきた、戦友といってもおかしくない関係だ。森川先生を信頼しているし、もちろん森川先生も自分を信頼してくれているはず。自分の娘がゼロ型だからといって、手のひらを返すような真似はしないと思いたかった。
「とりあえず学校側と連絡をとりましょう。今一番大切なのは、ゼロ型だと学校で言われている太一君の心理面のケアです」