太一は人混みをかきわけ教室に入る。真っ先に視界に入ったのは、教室の真ん中。紗雪の席を囲むようにクラスメイトが集まっていた。
「おい、月岡が来たぞ」
「どうなるんだ。これは修羅場だろ」
「ゼロ型のおでましだ」
 太一の顔を見るなりクラスメイトが各々声を上げた。
 太一はその声を気に留めず、人混みをかき分けていく。そして太一の目の前に紗雪と夏月の姿が見えた。二人とも睨み合うようにして互いを牽制している。
「ちょ、ちょっと待った」
 太一はすかさず二人の間に飛び込んだ。
「あ、太一だ。丁度いいところに」
「月岡君。今日は早いのね」
 二人の反応に太一は思わず虚を突かれた。
「な、なんだよ。二人とも何やってるんだよ」
「太一、私に話かけるなって言ったよね。あれ、やっぱり納得できないから」
 夏月の言葉に周囲のクラスメイトが湧き立つ。
「あれは夏月のことを思って――」
「そんなの知ってる。太一なら絶対に言うと思ってた」
 周囲を気にせずに、夏月は声を張って質問に答える。太一は夏月の言葉を聞くしかできない。
「私が今日、紗雪ちゃんを呼び出したの」
「どうして……」
「そんなの……この猫かぶり女が嘘をついてるからに決まってる!」
 嘘という夏月の言葉に、太一は身を竦める。
 紗雪との関係が夏月にばれたのかもしれない。そんな憶測が脳内を飛び交う。
「……嘘ってなんだよ」
 夏月は太一に視線を向けると、嘘に対する答えを告げた。

「太一はゼロ型じゃないの」

 夏月の発言に教室がさらに騒がしくなる。太一は予想外の発言をどうにか受け止める。
「それって……どういうことだよ」
「太一は優しいから。だから騙されるんだよ。紗雪ちゃんに」
 夏月は真っ直ぐ紗雪を指差した。皆の視線が向けられる中、紗雪は俯いたまま顔を上げる素振りを見せない。夏月はそんな紗雪の様子を、気にも留めずに続けた。
「先週、お父さんが家に帰ってきて。その時に紗雪ちゃんのお父さんも家に来たんだ。そこで二人の会話を聞い――」
「嘘はやめて!」
 突然大声を上げた紗雪に皆の視線が向けられる。ようやく顔を上げた紗雪は夏月に向かって言う。
「父が行くはずない。父は病院の院長をしている。忙しくて行けるはずがない」
「でも、紗雪ちゃんのお父さんは来た。私のお父さんと会話しに」
すると夏月はポケットからスマホを取り出した。
「ここに二人の会話を録音したの。今からそれを聞いてほしい」
 夏月は机にスマホを置くと、ボリュームを最大に設定して再生ボタンを押した。