空き教室に向かった太一は、紗雪からもらった合鍵を鍵穴に指してドアを開けた。既に紗雪は席に座って自分のお弁当を机に広げていた。
「遅かったのね」
「ちょっと色々とあって」
 ここに来る前、太一は手塚と会話していた。手塚とは紗雪とお昼を食べる前、ずっと昼を共にしていた。だからこそ、急に紗雪と一緒に食べ始めたことを謝罪していたのだ。
 紗雪の隣の席に座った太一は、美帆に作ってもらったお弁当を広げる。
「最近、月岡君の身の回りで変化はあるのかしら?」
「少しずつだけど、ゼロ型だって噂する人が少なくなってきたのは感じる」
 ゼロ型だから付き合えない。そんな目で太一を見る人が少なくなっているのは確かだ。紗雪と一緒に行動していることがどれだけ大きいのか。太一は日々実感していた。
「そう。一歩前進ね」
「一歩?」
「だって私はボンドを否定したいのだから。噂されないってことは、私達の関係が浸透しているってこと。ゼロ型でも付き合える。皆にそう思わせたことになる」
 紗雪は二段に減った重箱の片方に入っている玉子焼きを口に含んだ。機嫌が良いのか笑みを見せている。
「そうだと良いけど。でも、最近やけに校内が甘ったるい空気に包まれているが」
 ボンドが発表されて以降、校内ではカップルの割合が急増していた。互いに自分のボンドを言い合い、相性の良い相手と付き合う。今まで奥手だった生徒もボンドという科学的根拠があるおかげで、積極的に恋愛をするようになった。この状況は、ボンドの効力が絶大だということを証明していると言っても過言ではない。
「どうせ今だけ。ずっと関係が続くなんて、私には考えられないわ」
 紗雪は努めて冷静に話す。それでも声色から機嫌が悪くなったのが見てとれた。
「そういえば、森川に聞きたいことがあるんだ」
「何かしら?」
 話題を変えようと、太一は紗雪に聞きたいことを告げた。
「森川のボンドってどうなのかなって」
「……私のボンドなんてどうでもいいでしょ」
「いいわけない」
 太一は箸を置いて紗雪の方に身体を向けた。
「たとえゼロ型でも、結びつく可能性があるかもしれないから」
 紗雪と過ごして一週間。太一の中でも心境が少しずつ変化している。偽りから始まった関係でも、一週間もこうして過ごしていると思うことがあった。
「もしかして、本気で私を好きになったの?」
「……いや。そ、そんなんじゃないし」