「紗雪は母親のことが大好きでした。それで紗雪は、母親の母校である堀風高校に行きたかったんだと、私は思っています」
 夏月に視線を向けた森川先生は話を続ける。
「私はずっと紗雪の面倒を見てあげられませんでした。薬の開発、診療所の仕事。今と変わらず当時も多忙だったので、紗雪のことはすべて母親に任せていました。だから紗雪は根っからの母親っ子なんです。正直私は紗雪とあまり仲が良くないです。たまに家で顔を合わせても、言葉を交わすことがほとんどない。だから夏月ちゃんと星野教授の関係が羨ましかった」
 森川先生は湯呑みに口をつけると、一口だけお茶を飲んだ。
「紗雪はどんな学校生活を送っているのでしょうか。友達とか沢山いるのかな?」
 森川先生の言葉に夏月は口を結んだままでいた。それでも本当のことを伝えるべきだと思って、結んでいた口を開いた。
「紗雪ちゃんはいつも一人でいることが多いので、正直友達は少ないと思います」
 森川先生の表情が明らかに曇った。それでも夏月は話を続ける。
「でもそれは紗雪ちゃんが美人で、頭も良くて、少し浮いている部分があるからなのかなって私は思います。紗雪ちゃんに嫉妬してる人も多いと思うので。その、何ていうか、紗雪ちゃんは浮世離れしてるのかなって……」
 言葉の収集がつかなくなり、慌てふためく夏月に森川先生は笑みをみせた。
「気遣ってくれてありがとう。でも何となく予想してました。紗雪が今の状態になったのも、いつも一人でいるのも全ては私の責任なんで」
「そんなことないですよ。それに紗雪ちゃん、最近彼氏ができたんです」
 言葉を放った瞬間、夏月の胸に痛みが走る。自ら言葉にするとこんなにも苦しいのだと初めて知った。それでも夏月は森川先生に真実を伝えたかった。一人でいることが多い紗雪にも付き合っている彼氏がいる。その事実があるのだから、森川先生もほっとしてくれるのではないかと思ったから。
「……今、なんて」
「えっと、紗雪ちゃんに彼氏が――」
「ごめんなさい。資料を探すのに手間取ってしまって……森川先生?」
 夏月の言葉を遮るようにリビングに入ってきた父は、森川先生の異変に気づいた。夏月も最初は気づかなかったが、よく見ると森川先生の身体が小刻みに震えている。
「夏月。何を話してたんだ」
「えっ、紗雪ちゃんに彼氏ができたっ――」
「何だと!」