父はとても優しい人だった。研究に没頭する父と専業主婦である母が、良好な関係を保つことができているのは、お互いに自由な関係を好んでいるからなのかもしれない。
 お互いの自由を応援できる関係。夏月にとってまさに理想の関係だった。
「星野教授の家庭は、本当にいいですね」
 二人の会話を聞いていた森川先生が微笑んだ。
「すみません、森川先生。久しぶりに娘と話したもので」
「いいですよ。私もこんな仲の良い家庭を築きたかったですね」
 森川先生の言葉はどこか遠くを見据えている。夏月はどこか物寂しい雰囲気を感じずにはいられなかった。
「さあ、こんなところで立ち話もなんですからリビングにどうぞ。夏月、お茶を入れてくれないか」
「うん。わかった」
 機転を利かせた父に頷いた夏月は、リビングを通ってキッチンへと向かう。そして戸棚から玄米茶の入った缶を取り出した。
 星野家ではお客様が来た時には玄米茶を出すのが通例となっていた。理由は知らないが、これも父が決めたことである。
「森川先生。ちょっと待っててください」
 そう言い残した父は一階にある自室へと姿を消した。
 リビングには夏月と森川先生の二人きり。紗雪について聞くチャンスだったが、どう話を切り出すべきか夏月は考えていなかった。
 するとそんな夏月の様子を察してくれたのか、森川先生が話しかけてくれた。
「夏月ちゃんは紗雪と面識はあるのかな?」
「はい。同じクラスなので」
「そうですか。これまた珍しいことが」
「珍しいですか?」
 小首を傾げる夏月に森川先生は頷いた。
「私の開発した薬が星野教授のお役に立って、私達の娘が同じ高校に通っている。これも運命なのかなって」
 そう言われると夏月も珍しいと思えた。
「あの、森川先生に聞きたいことがあります」
「何でしょう」
 夏月はキッチンに併設されているカウンターテーブルに茶托を敷き、その上に湯呑みを置いた。森川先生は夏月に軽く頭を下げると、椅子に腰を下ろしお茶を啜る。森川先生が湯呑みから口を離したのを見計らって、夏月は口を開いた。
「紗雪ちゃんはどうして堀風高校に来たのでしょうか。頭が良いのは知っています。だからこそ不思議なんです。もっと頭の良い高校に行くべきだったのかなって」
 夏月の質問に対して森川先生は暫く考え込むと、手に持っていた湯呑みを茶托に置いてから話し始めた。