「でもお兄ちゃんがニヤつくのも少しわかるかも。紗雪さん、すごく美人だったし」
 美帆の発した言葉に夏月は違和感を覚えた。金曜日は柊と付き合っていたはずだ。それなのに美帆は今、たしかに紗雪と言った。
「名前……知ってるんだね」
「うん。昨日会った時に名前聞いたから」
 美帆はクマのぬいぐるみに手を伸ばすと、ギュッと抱きしめた。
「夏姉の匂いがする」
 太一と同様、昔から美帆ともよく遊んでいた夏月は、本当の妹のように美帆を可愛がっていた。一人っ子の夏月にとって、太一と美帆の関係は羨ましくもあった。
「他に変わったことってなかった?」
 美帆の頭をなでながら夏月は聞く。
「うーん。昨日、一昨日と続けてお弁当を残したってことかな。あとは……」
 言葉に詰まった美帆は突然起き上がると、頬を真っ赤に染めてクマのぬいぐるみに顔を埋めた。
「美帆ちゃん?」
「な、夏姉が知らなくていいことを思い出しちゃった」
 そう言われると、余計気になってしまう。
「教えて美帆ちゃん」
「……言いたくない」
「太一にとって大切なことかもしれないの」
「……大切?」
 美帆は顔を上げると夏月に視線を向けた。恥ずかしいのか、クマのぬいぐるみで半分顔を隠している。
「うん。太一を理解するために知りたいの。本当のことを」
 今のままでは太一が隠していることに気づけない。わかったこともあるけど、もし美帆の言いたくないことが太一の異変に関係しているのなら。夏月は美帆が口を開くまで問いつめるつもりだった。
「夏姉がそこまで言うなら」
 美帆は息を吐くと、夏月の目を見て話した。
「一昨日の夜。お兄ちゃんの部屋にお弁当箱を取りに行った時、お兄ちゃんが……エッチなサイトを見てたの」
「エッチなサイト……」
「うん。私に見せられないくらい、すごい内容だったって」
 そこまで告げた美帆は、また顔を赤く染めた。
「そう……だったんだ」
 夏月は美帆の言葉に疑問を抱く。妹のことを誰よりも思っている太一が、そんなことを言うとは思えなかった。
「お兄ちゃん、その日はすごく落ち込んでたから。だからエッチなサイトを見たのかなって。でも流石に変態なお兄ちゃんに呆れて。だから昨日のお弁当、から揚げ抜きにしたんだ」
「から揚げ抜きかー。太一、相当ショックだったかもしれないね」
「当然だよ。お兄ちゃん、デリカシーの欠片もないんだから」