勉強するために学校に残る。太一には考えられない発想だった。普通の高校生なら部活を頑張ったり、友達と遊んだりしたいはずだ。まだ高校二年生の四月なのに、今から勉強しなければ入れない大学でも狙っているのだろうか。
「そんなに勉強が好きなのかよ」
「……そうね。気が紛れるわ」
 紗雪は水筒に手を伸ばすと、コップにお茶を注いでそのまま一気に飲み干した。
 これ以上話しても無駄だと思った太一は話題を変えた。
「森川のお父さんって、高野先生の言ってた通りの人なのか?」
「……そうよ。私の父、森川雅樹(もりかわまさき)はボンドを仕分けるための試薬を開発した」
「勉強するのは、お父さんの後を継ぐためなのか?」
「そんなわけない。私は継がない。私はボンドを否定したい。そう言ったでしょ」
 紗雪の言う通り、ボンドを否定したいのに父親の後を継ぐのは本末転倒だ。
「そうだったな。ごめん」
 紗雪は謝る太一を睥睨すると、大きくため息を吐いた。
「それよりもうすぐ昼休み終わるけど、あなたは何も食べないのかしら?」
「あっ、教室に置きっぱなしだ」
 気づけばお昼休みも十分ちょっとで終わる時間になっていた。ホームルーム棟から一番離れた場所にある空き教室。ここから教室に戻るだけでも五分はかかる。どう考えても美帆に作ってもらったお弁当を食べてる暇がない。
 すると紗雪が突然席を立った。手に持っているのは重箱の一段目、玉子焼きが入っていた箱。その箱と箸を持ったまま、紗雪は太一の方に近づいてくる。そして箸で玉子焼きを一つ掴むと、そのまま太一の口へと運んだ。
 太一はその場を動けず、紗雪の差し出された玉子焼きを口に含んだ。ほんのりと甘みが広がったと思ったら、徐々に程よいしょっぱさが口の中を支配していく。
「今日のお弁当、実は二人分なの」
 紗雪はそう言い残すと太一の口から箸を抜き取った。
「美味しいかしら?」
 紗雪の問いかけに太一は首を何度も縦に振った。
「そう。良かった」
 笑みを見せた紗雪は席まで戻ると、今度は重箱の二段目を持ってきた。箱の中からから揚げを掴んだ紗雪は、再び太一の口元まで運ぶ。
「ちょ、ちょっと」
 流石に恥ずかしくなった太一は紗雪を静止する。
「じ、自分で食べれるから」
「そう」