「俺と夏月は幼馴染なんだ。夏月とは家族ぐるみの付き合いをしてる。だから夏月は俺を庇ってくれたんだと思う。好きとかそんなことないから」
 もっと言葉があったはずなのに、太一は上手く言葉を紡ぐことができなかった。視線を夏月に向ける。夏月は俯いたままで笑顔を見せてはくれなかった。
「お前ら、席につけ」
 重たい空気を振り払うように、高野先生が教室に声を轟かせた。クラスメイトが一斉に自分の席へと戻る。席に着いた太一は、紗雪へと視線を向けた。紗雪は何事もなかったかのように、高野先生に視線を向けている。有香の発言は気にしていないみたいだった。

 授業は何事もなく進み、お昼休みになった。太一は机の上に美帆が作ってくれたお弁当を広げる。きゅうりとにんじんが入ったポテトサラダ、豚肉の生姜焼き、真っ赤なプチトマト、焦げ目のない綺麗な黄色の玉子焼き。妹特製のお弁当は、いつも太一のお腹を満たしてくれる。だけど今日のお弁当には好物のから揚げが入っていなかった。
「あれ、から揚げ入ってないじゃん」
 一緒に食べていた手塚が、太一のお弁当を見て言う。
「ちょっと喧嘩して。から揚げ抜きにされた」
「美帆ちゃんのから揚げは絶品なのにな。それでどうして喧嘩したんだ?」
 手塚はコンビニで買ってきた焼きそばパンにかじりつきながら、太一に返答を促す。
「まあ、色々とあって」
「ふーん。詳しく聞かせてもらおうか」
 手塚はそう言うと、太一のお弁当の玉子焼きを勝手に奪い取った。
「おい、俺の玉子焼き」
「いやー、美帆ちゃんの料理の腕上がったよな。最初は炭の味がしたり、卵の殻が入ってたりしてたけど」
 手塚の言う通り、美帆の料理の腕は確かに向上していた。二年間、料理に洗濯、掃除と家事全般をこなしてきた賜物だろう。美帆の家事スキルはかなりのものになっている。
「俺、美帆ちゃんをお嫁さんにもらいたい」
「ふ、ふざけるなよ手塚。お前みたいに適当な奴に美帆は任せられない」
 太一も美帆が作った玉子焼きを口にはこぶ。甘みのある味が太一の口に広がる。当時に比べて本当に成長したなと、兄として感慨深い気持ちを抱く。
「月岡君。ちょっと」
 ポテトサラダに手をつけようとしていた太一は、声のする方に視線を向けた。
「森川……」
「一緒に来て」
 そう言うと、紗雪はバッグを抱えたまま教室を出て行った。太一は朝の出来事を思い出す。