彼女がいる。そう皆に思わせたことがわかり、頬が熱くなるのを感じた。
「月岡君、またお昼に」
 そんな太一に追い打ちをかけるように紗雪が微笑みながら告げると、握っていた太一の手を離し、そのまま自分の席へと向かって行った。
 太一は紗雪が席に座るまでその場を動けなかった。視線を紗雪から自分の手に移す。手には紗雪の温もりが残っている。
 クラスメイトの前で手を繋いだ。その事実が太一の胸の鼓動を早くしていた。
「ちょっと森川さん。どういうこと?」
 先程、紗雪に挨拶をした女子が真意を聞こうと紗雪に詰め寄る。それを境にクラスの女子が一斉に紗雪の元へと駆け寄っていく。
 そんな光景を横目に、太一は自分の席に腰を下ろした。
「朝から大胆だな」
「……手塚、お前。森川に俺の家教えただろ」
「悪いな。森川さんから珍しく質問されたから、ついな」
 ケラケラと笑う手塚に太一は大きくため息を吐く。
「おかげで今日は朝から大変だったんだぞ。家の前で森川がずっと待ってて」
「でも、お前ら付き合うことになったんだろ?」
「……そうだけど」
「クラスの男子はみんなお前に嫉妬してるぞ」
 席に着いた時から、太一は教室に漂う変な空気を感じていた。女子はともかく、ほとんどの男子は睨みつけるような視線を太一に向けていたから。
「そもそも柊さんと付き合って別れたって話だけでも驚くことなのに、今度はあの森川さんと付き合うなんてな。学年二大美女と言われてる二人の心を、一回でも鷲掴みにしてるんだ。暫くお前は男の敵だな」
 そう言った手塚は太一の肩をポンッと叩くと、自分の席へと戻っていった。
 教室は相変わらず女子の喧騒で溢れかえっている。そんな中、太一に声をかけてきたのは夏月だった。
「嘘……だよね? 紗雪ちゃんと付き合うなんて……」
 神妙な顔つきに太一は付き合ってないと答えたくなった。でも昨日の出来事を太一は思い出す。紗雪は本気でボンドを否定したいと言っていた。実際に昨日の朝とは違った空気が教室内に流れている。紗雪の起こした行動は、太一がゼロ型という意識をそらすためなのかもしれない。頭の良い紗雪ならそこまで考えているのではと太一は思う。
「……本当だよ。俺と森川は付き合い始めた」