聞きなれた声に、太一は思考の海から引きずり出される。気づいたら家から十分の距離にある堀風高校正門前に来ていた。
「高野先生。おはようございます」
 紗雪が律儀に挨拶をする。高野先生はすかさず太一に視線を移した。
「お、おはようございます」
「おはよう。君は先生に対して挨拶もしないのかと思ってたよ」
 太一の肩をバシッと叩いた高野先生は朝から元気だった。
「そうだ、月岡。今日の昼休み、時間あるか?」
「ありますけど」
「君に話しておきたいことがある。空けといてくれ」
 高野先生は太一から視線をそらし、自らの業務に戻っていった。
「行きましょう」
「お、おう」
 紗雪と一緒に正門をくぐり抜け、昇降口へとたどり着いた。靴を履き替え、太一と紗雪は教室へと向かう。階段を上って二年生の教室が連なる階まで来たとき、太一の前を歩いていた紗雪が足を止めて振り返った。
「とりあえず、まずは私とあなたの関係をクラスに広めるから」
「広めるって……どうするんだよ?」
 太一の疑問に紗雪は何も答えてはくれなかった。そして教室前までたどり着いた時、紗雪が起こした大胆な行動にその答えはあった。
「えっ、ちょっと……」
 いきなり紗雪が手を握ってきた。突然のことに太一は動揺を隠せない。そんな太一を気にも留めず、紗雪は教室のドアを開けた。
「あ、おはよう。森川さん」
「おはよう」
 紗雪に話しかけたのはドア付近にいたクラスの女子だった。簡単に挨拶を交わした紗雪はゆっくりと教室に入っていく。そんな紗雪と手をつないだままの太一は、紗雪に引っ張られる形で教室に入った。
 太一が教室に入ってすぐに異変が起こった。教室内に広がっていた喧騒が徐々におさまっていき、教室にいた生徒の視線が一斉に太一と紗雪に注がれる。当然、皆が見ているのは繋がれている手だった。
「えっ……嘘……」
「どうして二人が……」
「おいおい、どういうことだよ」
「手、手」
 クラスメイトが太一と紗雪の関係を模索し始める。周囲の状況を見回して、太一は紗雪の広めると言っていた意味をようやく理解した。手を繋いでいる男女を見たら、付き合っていると思うのは至極当然の考え。今の太一と紗雪の関係は、誰が見ても付き合っていると思わせる状況を作り出していた。