太一の呼びかけに、紗雪は持っていた本を閉じると、ゆっくりと顔を上げた。
「おはよう。月岡君」
「お、おはよう」
 挨拶を交わしただけなのに、どこかぎこちなさを覚える。
「来るなら連絡くらいしてくれよ」
「私、あなたの連絡先を知らなかった。さっき連絡がくるまでは」
 紗雪に言われ、太一は気づく。連絡先をもらってから今朝まで、紗雪と一度も連絡を取っていないことに。
「そうだった……ごめん」
「いえ。私の方こそごめんなさい。約束もしないで勝手に来てしまって。ただ、彼女としてあなたと一緒に登校したかったの」
 紗雪の発言に太一は胸が高鳴った。
「で、でも、俺達は付き合ってるふりをするだけだぞ?」
「それはわかってる。でも周囲に認めさせるには、本当の彼女がする行動をしないといけないと私は思う」
 そろそろ行きましょう。と言った紗雪は太一の先を歩き始めた。太一がその後を追いかけようとした瞬間、家のドアが勢いよく開く。中から美帆が出てきた。
「お兄ちゃん。お弁当忘れてる」
 太一の元に駆け寄ってきた美帆は、持っていたお弁当を太一の胸に突き付ける。
「ありがと、美帆」
「……今日はから揚げ入ってないんだから」
 そう言い残した美帆は、太一よりさらに遠くに離れた紗雪を一瞥すると、律儀にお辞儀をしてから家へと戻っていった。
「妹さん?」
 気づいたら紗雪が近くまで来ていた。
「ああ」
「可愛い妹さんね」
「そんなことないよ。いつも口うるさくて、疲れちゃう」
 昨日の出来事を太一は思い出す。
「でも言うほど嫌な顔してないわね」
「そ、それは美帆とは血のつながった家族だし、二人で暮らしはじめてもう二年経つから。慣れ……かな」
 太一の言葉を聞いた紗雪は、ばつの悪そうな表情を晒す。
「ごめんなさい。私、変なことを聞いてしまったかも」
 俯いた紗雪を見た太一は、紗雪の謝罪を否定した。
「二人で暮らしてるのは、両親が海外で仕事をしてるからで。別に何か不幸があったわけじゃないから」
「……そう。ならよかったわ」
 紗雪は安堵の表情を見せると、ゆっくりと歩き出した。太一も紗雪と並ぶようにして通学路を歩いて行く。いつもは一人で学校に向かう通学路。でも、今日は隣に紗雪がいる。周りからみたら彼氏彼女と思われてもおかしくない。そんな状況に太一は少し顔が熱くなった。