そう考えるだけで太一は怖くなった。だからこそ兄として妹にしてあげられる選択は、自分を変態だと認識させることだった。お弁当のおかずが一品少なくなるくらいで済むのなら、変態になっても構わない。
美帆には絶対にボンドについて言わないと、太一は心に決めた。

「お兄ちゃん、朝だよ。早く起きて」
 布団を美帆にはぎとられた太一は、眠たい目をこすりながら体を起こす。
「おはよう。美帆」
「うん。おはよう、お兄ちゃん」
 昨日のことなどなかったように振る舞う美帆の態度に、太一はほっと息を吐く。大きく伸びをして、壁に掛かっている時計を見る。
「あれ、まだ七時だぞ。いつも七時半に起きてるのに」
「うん。そうなんだけど……お兄ちゃん、森川さんって知ってる?」
「森川って、クラスに二人いるけど」
「たしか紗雪さん……だったかな」
「知ってるけど、どうして美帆がその名前を?」
「外で紗雪さんが待ってるの」
「えっ!」
 太一は咄嗟に窓の外を眺める。美帆の言う通り、家の前には紗雪がいた。本に目を通して誰か……無論、太一を待っているようだ。
「美人な彼女さんだね。てっきり私、お兄ちゃん振られたのかと思ってた」
「ち、ちが……」
 口から出かかっていた否定の言葉を飲み込む。昨日美帆についた嘘に信憑性を持たせるには、ここで認めるのが最適だと思った。
「……そうだろ。それに森川は学年トップの成績の持ち主で、全国模試でも十位以内に入るくらい頭が良い」
「ふーん。そうなんだ」
 素っ気ない態度を取る美帆。もっと驚いてくれると思っていた太一は、肩透かしを食らった気分になる。
「そんなことより、女の子を待たせるなんて。お兄ちゃん最低」
「ち、違うって。そもそも、森川が来るなんて聞いてなくて」
「……ふーん」
 太一の発言を訝しむように美帆はジト目を向けてくる。美帆からの信頼は、まだ十分に回復していないみたいだ。
「とりあえず紗雪さんには、お兄ちゃんがまだ寝てることを伝えてあるから。早く支度して迎えに行ってあげなさい」
 美帆はそう言うと、部屋から出て行った。
 太一はスマホを手に取り、紗雪にメッセージを送る。いくら約束をしてなかったとはいえ、女子を待たせるわけにはいかない。身支度を整えた太一は、直ぐに家を出た。視界に本を読み続ける紗雪の姿が入る。
「も、森川」