「それは……」
 太一の質問に紗雪は言葉に詰まった。
 先程までは回答を用意していたかのように、すらすらと質問に答えていた紗雪の異変に太一もすぐに気づく。
「……今は言えない」
 囁くように呟いた紗雪の声は先程とは違い、か細くてとても弱々しかった。
「……そっか」
 太一は息を吐くと、気持ちの整理をする。
「わかったよ。とりあえずお互いのためになるんだ。ここは協定を結ぶことにしよう」
 太一の返答を聞いた紗雪は安堵の表情を晒すと、制服のポケットから紙切れを取り出す。胸元のポケットからペンを取り出して何かを書き始めた。
 ペンが紙に擦れる音が教室に響く。教室に来てからけっこうな時間が経っていたみたいで、窓からは夕日が差し込んでいた。
 書き終えた紗雪は、そのままペンをしまうと紙切れを太一に渡してきた。
「これって……」
「お互いに良好な関係を気づきましょう」
 そう告げた紗雪は机に置いてあった鞄を肩にかけると、そのまま太一の前を通り過ぎてドアに手をかけた。
「森川」
 紗雪が帰る前にもう一つ聞いておきたいことがあった。紗雪はドアにかけていた手を離すと、太一の方に上半身だけ振り向く。
「何かしら」
「どうしてそこまで俺にかまうんだ?」
 普通だったらゼロ型というだけで、離れていくのが当たり前だ。実際にクラスメイトはひそひそと話をして、太一と関わろうとしてこない。それなのにどうして紗雪は関わってくるのか。ボンドを否定したいだけでは、納得できない気持ちが太一の中に残っていた。
「罪滅ぼしとでも言っておこうかしら」
 紗雪はそう答えるとそのまま教室から出て行った。太一は紗雪の出て行ったドアをずっと眺めることしかできなかった。

 結局太一が学校を出たのは、日が完全に沈んだ後だった。
 いつもより遅く家に帰った太一はノートパソコンを立ち上げると、ポータルサイト「はるかぜ」にアクセスした。もしかしたらボンドが変わっているかもしれない。そんなありもしないことに期待しつつ、個別サイトに掲載されている血液検査の結果を画面に表示させた。
 結果は当然何も変わっていなかった。ゼロ型という内容が目に映る。わかっていたことなのに太一は落ち込んだ。制服のままベッドに横たり、深くため息を吐く。
 これからどうすればいいのか。太一は今日の出来事を振り返る。