「だから、どうして――」
「私はボンドを否定したいの」
 言い終えた紗雪は、ようやく太一との距離感に気づいたみたいで、大きく一歩後退する。紗雪は太一から視線をそらした。
 ボンドを否定したい。そう言われたら太一でもわかってしまう。どうして紗雪が太一にこだわるのか。
「俺がゼロ型だからか?」
「……否定はしない」
 紗雪は太一から顔をそらすと、そのまま続けた。
「ゼロ型は異性と結ばれることがないと言われている。このまま月岡君が一人で居続ければ、ボンドをさらに証明することになってしまう」
「それって、俺が最初のゼロ型だから?」
「そう。だからこそ私と付き合うことで、あなたは一人ではなくなる。ゼロ型でも付き合ってる彼女がいると示せば、ボンドを否定できるはず」
「でも、実際に付き合うわけじゃないんだから、否定したことにならないんじゃ」
 太一は当然の疑問を紗雪にぶつけた。お互いに好きという気持ちを抱いて付き合わなければ、紗雪のやろうとしていることは無駄だと思う。
 紗雪はそんな太一の疑問をお見通しなのか、毅然とした態度で答える。
「まずは見せかけでいいの。ゼロ型でも異性と付き合うことができる。それを周りに示すことが大切になるの」
 頭の良い紗雪には、太一に見えていない未来が見えているのかもしれない。
「そっか。森川ってボンドに詳しいんだな」
「父が医者だから。ボンドについて詳しく知ってるだけ。でも、ボンドはもはや一般常識でしょ? 知らない方が問題じゃないかしら」
 さらっと知識のない人間を否定する紗雪を、太一は微笑して受け流すしかなかった。
「それより、月岡君はゼロ型とわかって不安じゃないのかしら?」
「……不安だよ。不安しかない」
 これからどうなるのか。もしもこの噂が良い方向の話なら、太一は快く受け入れることができたのかもしれない。でも太一につきまとうのはボンドの噂。しかも最悪の印象しかないゼロ型だ。
「私はボンドを否定したい。あなたは不安をどうにかしたい。だからこそ私達が付き合えば、お互い必要としていることが補えると思わない?」
 紗雪の不敵な笑みに、太一は吸い寄せられそうになる。紗雪の言うことは互いにメリットがあるのかもしれない。だけど太一は、受け入れる前に聞きたいことがあった。
「どうして森川は、そこまでボンドを否定したいんだ?」