職員室と違って廊下はとても静かだった。休み時間は生徒の喧騒が届くこの場所も、放課後になると違った喧騒に包まれる。
 太一の耳に金管楽器の音色が飛び込んでくる。どうやら吹奏楽部の練習が始まったみたいだ。微かに聞こえる音に導かれるように、太一はゆっくりと廊下を歩いていく。
 高野先生の言葉を脳内で反芻する。自分の噂が校内中に広まる。それがどんな意味を持つことなのか。そもそも太一はボンドなんて信じていなかった。自分には関係ないと強く思っていたから。でも、太一の周りでは確実に変化が起こっている。ゼロ型と判定されたことで周囲から腫物扱いにされ、柊には振られてしまった。ここまでくると、太一にとってボンドは切り離すことができない問題になっている。
 昇降口に着くと、聞こえてくる音が金管楽器から生徒の喧騒に変わった。人の行き交いが少なかった職員室前とは違い、帰宅する生徒の会話が聞こえてくる。太一の知らない人達が、昇降口前で会話を弾ませていた。
 太一は下駄箱から靴を取り出す。その時、太一の耳に生徒の会話が聞こえてきた。
「そういえば、うちの学校にゼロ型の奴が現れたらしいよ」
「マジで。誰とも結ばれないと言われているボンドじゃん」
「しかも二年で出たらしい。たしか名前は――」
 これ以上聞いていられなかった。太一は下駄箱に靴を戻すと、急いで昇降口を離れる。
 とにかく会話のない、静かな場所に行きたかった。自分の気持ちを整理できる場所、落ち着ける場所に。高野先生が耐えろと言っていた意味がようやくわかった。
 少し考えた太一は自分の教室に向かうことにした。テスト前でもない限り、教室に人が残ることはない。一年生の頃に太一は経験済みだった。堀風高校のほとんどの生徒は部活に行くか、帰宅するかの二択。放課後に一人で過ごすのに、教室はうってつけの場所だと太一は知っている。
 太一の思った通り、教室前の廊下は静寂に包まれていた。教室に人がいる様子もない。ここならボンドの噂を聞かずにすむ。生徒が全員帰る頃を見計らって、家に帰ればいい。
 教室のドアを開けた太一は、視界に入ってきた光景に思わず言葉を失った。太一の机に腰をかけ、本を読んでいる女子がいたから。誰もいないと踏んでいた太一は開いた口が塞がらなかった。