bond~そして僕らは二人になった~

 私が目にしたのは、まさにその瞬間だった。
 結局私が悩んでいた問題の全ては、言いたいことを相手に伝えていれば、どうにかなったかもしれないことだった。あの時すぐに雅樹さんに事実を確認していれば、訪れる未来は変わっていたかもしれない。紗雪を悲しませることはなかったかもしれない。
 だから私は雅樹さんに言いました。
 ボンドの研究を続けてほしいって。少しでも幸せになれる人が増えるように。
 そしてボンドが紗雪を幸せにしてくれることを祈って。

 紗雪にはこれから素晴らしい未来が待っているはずです。
 その未来を掴むために、伝えたいことがあります。
 言いたいことがあったら、はっきりと言ってください。
 黙ったままでいると、私みたいに取り返しのつかないことになるから。
 紗雪は頭の良い子です。
 だからこそ自分が今何をしたいのか。
 どんなことで悩んでいるのか。
 雅樹さんでもいいし、紗雪が大切に思っている人でもいいです。
 一人で抱え込まずに打ち明けてほしい。
 何も言わなくて後悔することだけは、決してしないでください。
 大丈夫。紗雪は優しくて強い子だから。
 もうこんな私のために気を遣う必要はなくなるから。
 紗雪はしっかり前を向いて生きてください。
                                母より


 ノートを閉じた紗雪の目から、とめどなく涙が溢れ出ていた。
 太一は何が書かれているのか見ていない。でも、何となく太一にもわかる気がした。
 目の前の紗雪を見れば、それはとても簡単なことだった。
「紗雪は今までいろんな感情を捨ててきたんだと思う。でも、もう捨てることはないんだ。嬉しい時に笑って、悲しい時には泣いてほしい。いつも日陰に一人でいる紗雪を、俺はもう見たくない。だから、これからは暖かい場所に思いっきり飛び込んでほしい」
 太一は紗雪に視線を向けた。紗雪の瞳がキラキラと輝いているのがわかる。
「私は……やり直したい。今の自分を捨てて、一から……一からやり直したい」
 紗雪の力強い発言に、太一は何度も頷いた。
「だったら、これからのことを考えよう。今までクラスメイトが思っている紗雪の印象は、正直最悪だと思う。でも、そんな印象はいくらでも変えられる。時間はかかるかもしれない。だけど今からでも遅くない。変わろうとする努力は、未来を変えるためには必要なことだから」