ベテルギウスの超新星爆発がこのタイミングで起こるのは、どの天文学者も予想していなかったとテレビで言っていた。この現象に立ち会えるのは幸運で、奇跡としか言いようがないと。
「ボンドが見つかって、人間の恋愛に対するアプローチが変わった。ボンドで言われている相性の良さこそ、幸せを得るために必要な情報だと多くの人間が認識しているから」
 星野教授や森川先生は言っていた。ボンドは、恋愛で悲しむ人がいない世の中にするための指標だと。
「でも、ゼロ型は違った。異性の誰とも結ばれないボンドだと言われ続けた。その結果、幸せになれないボンドと言われるようになった。でも、それは違うってわかった。ゼロ型だからと言って、本当に幸せになれないって決まったわけじゃない」
 科学的根拠などない。でも、今感じている気持ちを太一は信じたかった。
「だって俺は今、紗雪とこの場所にいることができて本当に幸せだから」
 太一は紗雪の手を握った。しかし紗雪は、握られた手を自ら受け入れようとしてくれない。
「私は……」
 紗雪は言葉に詰まり、口を閉ざしてしまった。何か言いたいことがあるのだと、太一もすぐにわかった。太一は紗雪に伝わるように握った手に力を込めてから、一冊のノートを取り出して机に置いた。
「紗雪のお父さんから預かってきた」
「それって……」
 ネモフィラのシールが貼られたノート。紗雪のお母さんが刑務所内で使っていたものだ。
 紗雪はノートを見るなり、肩掛けバッグの中から取り出した日記帳を、同じように机に置いた。日記帳の表面には、ホオズキのシールが貼られている。二つとも、紗雪のお母さんの思いが詰まっている大切なもの。
「紗雪はさ、ホオズキとネモフィラの花言葉って知ってる?」
「……知らない」
「ホオズキには「偽り」って花言葉があるんだ。それに対してネモフィラは「あなたを許す」って花言葉」
「偽り……許す……」
「たぶん紗雪のお母さんは紗雪の持っていた日記帳は偽りで、刑務所内で書いたノートこそ、本当の気持ちが書いてあるって言いたかったんだと思う。森川先生のことを許すって意味も込めてね」
 太一の考えが絶対に正しいとは言えない。だってもう紗雪のお母さんはいないのだから。でも、紗雪のお母さんは真実を伝えたかったはずだ。そう考えると、後から貼られたシールが、どちらとも花のシールだということも理解できる。
 太一はネモフィラのシールが貼られたノートを手に取って、紗雪に渡した。
「ノートの一番後ろのページを、紗雪に見てほしいんだ」
太一に促された紗雪は、手に取ったノートを捲っていく。
「これって……」
 紗雪の手が止まる。
 そこには太一が屋上から落ちた日。紗雪が見つけることができなかった、最愛の人の思いが綴られていた。