紗雪が太一に頭を下げてきた。もしかしたら鍵がないことを中々言い出せなかったから、ずっと口を閉ざしていたのかもしれない。
「大丈夫だって。ほら」
 紗雪を安心させようと太一は笑みを見せ、ポケットからあるものを取り出した。
「それって……」
「紗雪がくれたんだろ? 空き教室の合鍵」
 太一は鍵穴に鍵を入れてドアを開けた。そして空き教室の中へと足を踏み入れる。
「うわー本当に懐かしいな」
 久しぶりに見る光景に、太一は素直にはしゃいでいた。
 目の前には机と椅子が二脚ずつ設えてある。少し埃っぽさを感じるが、それ以外はどこも変わっていなかった。まるで紗雪と過ごした空間を、今日までそのまま冷凍保存したようだった。
「太一!」
 紗雪の声に太一は振り向く。紗雪は太一に近づくと、ゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい……私、今までずっと太一に縋っていた。太一を利用して、太一を危険な目に遭わせて。太一の優しさに、ずっとあぐらかいてた」
「紗雪……それは違うって」
「違くない!」
 太一の否定を、紗雪は顔を上げて声高に否定した。
「あの日、私は太一が屋上に来るって信じて疑わなかった。太一は優しいから。絶対に来てくれるって。実際、太一は来てくれた。そして私の気持ちを変えてくれた。死のうと思っていた私に、命の大切さを教えてくれた。でも私が呼び出さなければ、太一は病院で生死を彷徨う事態には陥ってなかった。こうなってしまったのも、全ては私が太一の優しさに付け込んだから」
 紗雪はキュッと口を結んだ。紗雪の手は拳が作られている。
「でも、もう嫌なの。私のせいで、太一が苦しい思いをするのは。これ以上迷惑をかけないために、私はもう……太一とは……関わらな――」
 紗雪の言葉を遮るように、太一は紗雪の身体を強く自分の方へと抱き寄せた。
 太一が起こした突然の行動に、言葉を失った紗雪の目から涙が零れ落ちていく。
「どうして……どうしてまた優しくするの? これじゃ、私……また……」
 震える紗雪の声が耳元で聞こえる。紗雪を落ち着かせようと、太一は紗雪の頭を撫でながら言った。
「約束しただろ。あの日、屋上で。俺が紗雪を守るって」
 太一の言葉に、紗雪は身体を震わした。その身体を包み込むように太一は抱擁する。