「退院おめでとう、太一君」
「あ、ありがとうございます」
 森川先生の言葉に、太一は深く頭を下げた。
 一ヶ月前、学校でゼロ型だと明かした太一の体力は既に限界がきていた。皆に伝えるべきことを伝えた太一は、目的を達成できて気が緩んだこともあり、直ぐに気を失ってしまった。
 その後、直ぐに太一の後を追いかけてきた森川先生によって病院へと連れ戻された。意識が戻った後でこっぴどく叱られた太一は、体力を取り戻す為に一ヶ月間のリハビリを経て、今日という日を無事に迎えることができた。
「今日は美帆ちゃん、迎えに来ないのかな?」
「美帆には家で待っててほしいって伝えてあるんです。来てくれるかわからないんですけど、この後に待ち合わせしてる人がいて」
 太一はリュックサックを背負い、言葉を濁すように森川先生に応えた。森川先生はそんな太一の意図を汲み取ってくれたみたいで、それ以上は追及してこなかった。その代りに森川先生は、一冊のノートと共に伝えてほしいことがあると太一に告げた。
 森川病院を離れ、電車に乗った太一は自宅のある最寄り駅で下車した。ゆっくりと道を歩いた太一の目に、久しぶりに自宅が映る。でも、今日はまだここには帰らない。太一はそのまま足を止めずに道を歩いて行く。目指す場所はもうすぐ見えてくるから。そして太一の視界に目的地が映った。
 堀風高校。休日の今日は、部活動など用事のある生徒しか学校にいないはずだ。そんな学校の正門近くに、私服の女子が立っているのが見えた。存在を確認できた太一はほっと息を吐いて、正門まで足を進める。そして、太一は一ヶ月ぶりに彼女と再会した。
「来てくれてありがとう」
「…………」
 彼女は俯いたままで、太一の言葉に反応を示してはくれなかった。
「ちょっと行きたい場所があるから、俺についてきて」
 そう告げた太一は、そのまま校内へ向かって歩き出した。昇降口で靴を履き替え、階段を上り、廊下を進んでいく。そして太一が足を止めた場所を見た彼女は、今日初めて口を開いた。
「ここって……」
「ああ。俺と紗雪の思い出の場所」
 空き教室。退院したら、紗雪と二人でこの場所に来たいと思っていた。太一はドアに手を掛けてスライドさせる。しかし鍵がかかっていたせいで、ドアが開かなかった。
「ご、ごめんなさい。私、もうこの場所に入れなくて」