「紗雪の存在は、私のお母さんが苦しむ原因なんだ。紗雪がいなかったら、お父さんはお母さんと暮らしているはずだった。それなのに紗雪がいるから……」
 有香は紗雪の胸ぐらを掴んでいた手を離した。突然離されたことにより、紗雪はその勢いで床に尻餅をつく。痛さは感じなかった。それよりも、有香が放つ言葉の応酬が紗雪の胸を抉っていく。
「紗雪の存在は消えないし、消すこともできない。だからせめて紗雪が苦しむことをしてやろうと思った。もしかしたら自分から命を絶ってくれるかもしれないから……母親のように」
 母親のように。そう言われたことが許せなかった紗雪は有香を睨みつける。しかし睨みつけるだけで、反論の言葉を言うことができなかった。
 実際に紗雪は有香の言う通り、一度は死ぬ決意を固めた。それは紛れもなく、母と同じ道を進もうと思ったから。ぐうの音も出ない正論だった。
「でも、もう死んでほしいなんて思わない。死ぬよりも辛い現実が待っている。紗雪はこの学校にいる限り、ゼロ型としてクラスメイトから扱われる。星野教授の発表なんて何の効果もない。だって私達は、実際にゼロ型の人間がどんな人間か知っている。常に一人でいることを望んで、自分に都合の悪いことは人に擦り付ける。そんな最低な人間がゼロ型なんだって」
 有香に突き付けられた言葉を、紗雪は受け止めるしかなった。有香の言うことは全て真実。紗雪が自分で蒔いた種なのだから。
 瞬間、教室のドアが開く音が聞こえた。そろそろ登校時間になる頃合い。クラスメイトが来てもおかしくない時間だった。紗雪はドアの方には目を向けず、自分の席に腰を下ろそうとした。しかし有香の一言が、紗雪の身体を瞬時に硬直させた。
「つ、月岡……」
 有香の口からありえない言葉が放たれる。
 一瞬、幻聴でも聞いているのではないかと思った。太一は未だ目を覚ましていないはずだ。何かあったら、連絡をくれると父は言っていたから。でも、もし太一がいるとしたら。
 紗雪はドアの方へ視線を向ける。そこには紗雪にとって大切な人が立っていた。