太一は急に怖くなった。これからの学校生活で恋愛よりも大切な何か、自分の存在意義が失われていく気がしてならない。そう思ってしまうのも、全てはボンドのせい。
 やはりボンドは嫌いだ。
 いてもたってもいられなかった太一は、教科書を乱雑に鞄に詰め込んでから席を立つと、急いで教室を後にした。

「失礼します」
 太一の声が静寂に包まれている職員室に響きわたる。部活の時間ということもあり、多くの先生達が席を外しているからなのかもしれない。人がいる気配を全く感じられなかった。
 太一は職員室の入口から、離れた場所にある高野先生の席へと向かう。
 高野先生は部活の顧問をやっていないのだろうか。普段から男勝りな態度で生徒に接してくる先生。運動部の顧問とかお似合いな気がする。
 そんなどうでも良いことを考えていた太一の視界に高野先生が映る。高野先生はマグカップに口をつけつつ、束ねられた紙を眺めていた。
「先生」
「おっ来たな。月岡」
 高野先生は笑みを見せると、隣の席の椅子に座るよう促してきた。太一は高野先生に軽く頭を下げてから、椅子に腰を下ろす。
「それで、話って何ですか?」
 高野先生はマグカップを置くと、机に置かれた資料を太一に渡した。
「これって……」
「君のボンドについて。この情報は知ってるだろ?」
 高野先生が渡してきたのは、ネット上で公開されている、ボンドについての情報をまとめたものだった。
「単刀直入に聞くけど、月岡。君はクラスメイトに自分のボンドを吹聴したのか?」
「まさか。そんなことしないですよ。第一、俺は今日学校に来るまで個別サイトにアクセスしてないですから」
「それじゃ、どうして情報が流出したか。聞いた話が本当なら、生徒に画像が送られてきたそうじゃないか」
 高野先生は腕組みをして考え始めた。
「セキュリティが甘かったんじゃないですか?」
「学校側のセキュリティは万全のはずだ。外から攻撃を受けた形跡もない」
「それなら、学校内の人ってことになりますよね」
 太一の返答に高野先生が頷く。でも、いったい誰が太一の情報をばらまいたのか。
「それも含めて、気になることがあるんだ」
「気になることですか?」
「ああ。君の情報だけが盗まれたことについてだ。もし情報を盗むのなら、大量に盗むのが普通だと思わないか?」
 そう言われると、太一もそんな気がしてきた。どうして自分だけが狙われたのか。