「森川紗雪さん。君にはずっと期待していた。全国でもトップクラスの成績優秀者で、我が校の模範となる器を持っている生徒であると。しかし今回の件で、我が校の心証は大きく損なわれてしまった。当然、今回の件は我々学校側の管理が甘かったのが最大の原因だと思っている。だからこそ、今後このようなことを再発させないためにも、君に対して特別扱いをしない方針を固めた」
 教頭先生は視線を逸らさずに、ゆっくりと右手を差し出して言った。
「空き教室の鍵を返しなさい」
 教頭先生の忠告に、紗雪は咄嗟に鍵を入れてあるスカートのポケットを押さえた。
 紗雪にとって空き教室は、元々父親から逃げるための場所だった。嫌いだった父と距離を置く為だけに手に入れた場所。
 でも今の紗雪にとって、空き教室は別の意味で大切な場所になっている。
 鍵を返したくない。
 そう強く思った紗雪の脳裏に、夏月の言葉がリフレインする。
 ――ずるいよ、紗雪ちゃん。
 その言葉が紗雪の思いを揺さぶった。そして次から次へと夏月に言われたことが、紗雪の脳内を埋め尽くしていく。
 夏月が言っていたように、太一に縋っているのは事実だ。今だって空き教室の鍵を返したくないと思うのは、太一との大切な場所を失いたくないから。
 守りたい。そう強く思う度に、夏月の言葉を思い出している自分がいる。
 もう紗雪には太一に頼る権利すらないのに。
 それにも関わらず、ずっと心の何処かで太一のことを独占しようとしていた。
 太一からは十分すぎるくらい、多くの宝物をもらっているのに。
 ――もう太一に関わらないで。
 スカート越しにギュッと鍵を掴む。
 もしこの場所を手放すことが、太一を開放することに繋がるのなら。
 自分自身の手で終わらせることこそが、太一の為になるのなら。
 紗雪は決意を固めると、握り拳をほどいてスカートのポケットから鍵を取り出す。そして、差し出された教頭先生の手のひらにそっと鍵を置いた。
「確かに受け取りました。森川さん、これからは堀風高校の一生徒として規律を乱すことのないように」
「……はい」
 話が終わり、先生達が腰を上げる。それと同時に予鈴のチャイムが鳴り響いた。もうすぐ一限目が始まる時間になる。
 これからどうなるかはわからない。でも、太一にとって一番何が良いのかを考えた紗雪は一つの答えを出した。
 もう太一とは関わらない。
 だからこそ一人でも大丈夫だとわかってもらうために、太一が目覚めるまでに自分ができることを精一杯やり遂げようと、紗雪は心に誓った。