父から話を聞いた時、最初は冗談かと思った。でもこの場にいれば、それが冗談ではないことくらい誰にでもわかる。誰一人として笑ってなどいないし、声を出すのも憚られる雰囲気が周囲に満ちていた。
「星野さん」
 そんな空間の静寂を切り裂くように、聞いたことのある声が響く。声の先にいたのは、高野先生だった。
「先生……」
「星野も来てたのか」
 夏月を一瞥した高野先生は父と母の方に身体を向けると、深々と頭を下げた。
「この度は、本当に申し訳ございませんでした」
 高野先生の声が廊下に響き渡る。皆が高野先生の行動に声をかけられずにいる中、父が口を開く。
「先生……太一君はどうして……」
 高野先生は姿勢を維持したまま、重い口を開いた。
「太一君は、とある生徒を助ける為に学校の屋上にいました。ですが、バランスを崩してそのまま転落してしまい――」
 途中から高野先生の声が、夏月には聞こえなくなった。
 父と母が説明を受ける中、夏月は高野先生が言ったとある生徒が誰なのかすぐにわかった。
 高野先生が隠している生徒は、間違いなく紗雪。
「太一君が危険な場所にいたのを、高野先生は知ってたんですよね。なのにどうして太一君を止めなかったんですか」
 父が高野先生に詰め寄る。この場にいる誰もが父と同じことを思っていた。
 もしも高野先生が太一のことを止めていれば、転落するのを防げたかもしれない。それに助けることができたのにも関わらず、助けなかったとしたら。
 皆の視線が高野先生に向けられる。
「……すみません」
 それでも高野先生は父の問いには答えず、ただ頭を下げ続けているだけだった。
 どうして本当のことを言わないのか。
 どうして紗雪のことを隠そうとするのか。
 夏月には高野先生が隠す理由が理解できなかった。
 今もなお、太一は命の危険に晒されている。それなのに、どうしてそこまでしらばっくれようとするのか。
 高野先生の態度に苛立ちを覚えた夏月は、思っていることをはっきりと告げた。
「とある生徒って、紗雪ちゃんのことですよね」
 高野先生の身体がびくっと動いたのを、夏月は見逃さなかった。夏月は続けて口を開く。
「紗雪ちゃんを助けようとして、太一が転落した。そうですよね」
 確信を持って、強い口調で高野先生に告げる。強気な夏月に父が口をはさんできた。
「夏月……いったいどういうことだ?」
 何もしらない父に夏月は告げる。