『ダイヤモンド……』
世界一有名な宝石と言っても過言ではない、ダイヤモンド。
摩擦や裂傷に対する耐久性を示すモース硬度は他の宝石類と比べて群を抜いており、研磨や切削といった工業にもよく利用される程の強度を誇る宝石だ。踏んづけても、ローラーに押し潰されても割れないことから《不屈》といった異名も持つほどだ。
しかし同時に、それを構成する元素は炭素が大半で、そのため熱には極端に弱く、また《靭性》と呼ばれる割れや欠けることに対する抵抗は何より劣る。一定時間ではなく瞬間的に与えられる衝撃にはめっぽう弱く、槌なんかで叩きつければ人力でも簡単に割ることが出来る。
故に、富豪でもなければ、一般人があまり目に触れる機会は少ない。
何だってまた、ダイヤモンドに。
『それは、その……どのくらい進んでるんだ?』
「また難しいことを聞くのね、私医者じゃないのに。うーん……そうね。このくらい?」
と言って示してきたのは、鞄から取り出した筆箱だ。
ジッパーを開け、中に視線をやる。
『これ……君の?』
「そ、私の」
琢磨の意識が吸い込まれるようにして奪われたのは、ペン類、その他消しゴム等の小物類用と仕切られた内の小物類ゾーン。そこに消しゴムの姿はなく、代わりに、びっしりとそのスペース埋め尽くすダイヤモンド片の数々があった。
「内側からだから、さ。咳と一緒に吐いちゃうの」
『吐くって、え、これ、君の中から出て来たのか…?』
「だから、そうだって言ったでしょ。しっかりとこれが進んでいる証拠。どう?」
『どうって――いや、感想を言いたかったわけじゃなくてだな』
言ってみれば、何を言いたい訳でもなかった。ただ、知りたかっただけだ。
しかし、まさかそういった事情だったとは。言わせておいて、時間を使わせておいて言えた義理ではないが、琢磨は尋ねてしまったことを今になって少し後悔した。
無神経だったろうか。無粋だったろうか。
そうやって自分を少し責めそうになる琢磨を、汐里は「でもね」と遮った。
「まだ語ってないことは追々として――私、そこまで不幸ってわけじゃないのよ?」
意外にも汐里は、そんなことを言い出した。
別に、そういう境遇だから不幸なのだろうと思った訳でもなかったが、琢磨にはそれが、どうしても幸せではないと思えた。現に今だって、不幸ではないと言い、幸せだとは言っていない。
「幸せかって言われたら正直分かんないけど、恵まれてはいる――と、思う」
『言い切れる根拠は?』
「大好きな友達が、二人もいるから」
友人は数ではない。それが、汐里の友好関係における基本即なのだとか。
社交性はどちらかと言えばある。知り合いも多い方だ。しかし、それがイコール友人ではない。思うのは勝手だが、汐里の言う友人とは、何でも話せて『心許せる数少ない知り合い』である。
多ければ尚良いのでは。そう思う琢磨は大きな間違いであった。
理解しているつもりの人間が多く居れば、そこにまたそれぞれ差異が生じて更に多くの蟠りがうまれる。
そう。重要なのは、それが『つもり』だというところだ。
『ちゃんと知ってくれている、つもりじゃないやつがいるのは少なくて良いって話か。なるほど、それなら理解できる』
「本当に? それなら嬉しいけどさ」
結局、相手のことなんて本人意外には分からないのだ。
「まぁ、そういうこと。だから私は、少なくとも不幸じゃないかな」
『あぁ、完敗だ』
何にか。人生観にだ。
高校を卒業して、専門ではあるが大学生と同じ年になって、大人になったつもりでいた琢磨だったが、その中身を考えると、遥かに汐里の方が豊かだと思えた。
重い病気を患っている人は、それだけ普通の人より物の見方が広いといつだか先生が言っていたが、まったくもってその通りだ。ただトントンと道を歩んできた自分より、色々な視点から物事を考えられている。
素直に、凄いと思えた。
「ちょっと冷えて来たね。そろそろ帰ろっか」
『何度も言っているが、君の身体で君の時間だ。俺に同意はいらないよ』
「じゃあこれは私も言ったけど、貴方は何だか、私の一部みたいなものなの。それってつまりは、家族ってことなんじゃないの?」
『持論っぽく言って結論は丸投げするのかよ』
「ふふ。まぁ、そういうことだから。それに、いつまた入れ替わるか分かんないしさ」
『まぁ……だな。分かった、帰ろう』
「うんうん、それで良し!」
すっかり冷めきった珈琲を一息に飲み干し、ごみ箱へと持っていく途中、
「うわっと…! また俺か」またまた起こる入れ替わり。
『予兆でもあればいいのにね』
「だなぁ」
二人溜息を吐いて、一緒の呼吸で笑いが漏れた。
――案外、この人とならやっていけるかも――
どちらともがそう思ったが、すぐにお互い消えてしまうであろう未来を想像すると、言い出すことは出来なかった。
世界一有名な宝石と言っても過言ではない、ダイヤモンド。
摩擦や裂傷に対する耐久性を示すモース硬度は他の宝石類と比べて群を抜いており、研磨や切削といった工業にもよく利用される程の強度を誇る宝石だ。踏んづけても、ローラーに押し潰されても割れないことから《不屈》といった異名も持つほどだ。
しかし同時に、それを構成する元素は炭素が大半で、そのため熱には極端に弱く、また《靭性》と呼ばれる割れや欠けることに対する抵抗は何より劣る。一定時間ではなく瞬間的に与えられる衝撃にはめっぽう弱く、槌なんかで叩きつければ人力でも簡単に割ることが出来る。
故に、富豪でもなければ、一般人があまり目に触れる機会は少ない。
何だってまた、ダイヤモンドに。
『それは、その……どのくらい進んでるんだ?』
「また難しいことを聞くのね、私医者じゃないのに。うーん……そうね。このくらい?」
と言って示してきたのは、鞄から取り出した筆箱だ。
ジッパーを開け、中に視線をやる。
『これ……君の?』
「そ、私の」
琢磨の意識が吸い込まれるようにして奪われたのは、ペン類、その他消しゴム等の小物類用と仕切られた内の小物類ゾーン。そこに消しゴムの姿はなく、代わりに、びっしりとそのスペース埋め尽くすダイヤモンド片の数々があった。
「内側からだから、さ。咳と一緒に吐いちゃうの」
『吐くって、え、これ、君の中から出て来たのか…?』
「だから、そうだって言ったでしょ。しっかりとこれが進んでいる証拠。どう?」
『どうって――いや、感想を言いたかったわけじゃなくてだな』
言ってみれば、何を言いたい訳でもなかった。ただ、知りたかっただけだ。
しかし、まさかそういった事情だったとは。言わせておいて、時間を使わせておいて言えた義理ではないが、琢磨は尋ねてしまったことを今になって少し後悔した。
無神経だったろうか。無粋だったろうか。
そうやって自分を少し責めそうになる琢磨を、汐里は「でもね」と遮った。
「まだ語ってないことは追々として――私、そこまで不幸ってわけじゃないのよ?」
意外にも汐里は、そんなことを言い出した。
別に、そういう境遇だから不幸なのだろうと思った訳でもなかったが、琢磨にはそれが、どうしても幸せではないと思えた。現に今だって、不幸ではないと言い、幸せだとは言っていない。
「幸せかって言われたら正直分かんないけど、恵まれてはいる――と、思う」
『言い切れる根拠は?』
「大好きな友達が、二人もいるから」
友人は数ではない。それが、汐里の友好関係における基本即なのだとか。
社交性はどちらかと言えばある。知り合いも多い方だ。しかし、それがイコール友人ではない。思うのは勝手だが、汐里の言う友人とは、何でも話せて『心許せる数少ない知り合い』である。
多ければ尚良いのでは。そう思う琢磨は大きな間違いであった。
理解しているつもりの人間が多く居れば、そこにまたそれぞれ差異が生じて更に多くの蟠りがうまれる。
そう。重要なのは、それが『つもり』だというところだ。
『ちゃんと知ってくれている、つもりじゃないやつがいるのは少なくて良いって話か。なるほど、それなら理解できる』
「本当に? それなら嬉しいけどさ」
結局、相手のことなんて本人意外には分からないのだ。
「まぁ、そういうこと。だから私は、少なくとも不幸じゃないかな」
『あぁ、完敗だ』
何にか。人生観にだ。
高校を卒業して、専門ではあるが大学生と同じ年になって、大人になったつもりでいた琢磨だったが、その中身を考えると、遥かに汐里の方が豊かだと思えた。
重い病気を患っている人は、それだけ普通の人より物の見方が広いといつだか先生が言っていたが、まったくもってその通りだ。ただトントンと道を歩んできた自分より、色々な視点から物事を考えられている。
素直に、凄いと思えた。
「ちょっと冷えて来たね。そろそろ帰ろっか」
『何度も言っているが、君の身体で君の時間だ。俺に同意はいらないよ』
「じゃあこれは私も言ったけど、貴方は何だか、私の一部みたいなものなの。それってつまりは、家族ってことなんじゃないの?」
『持論っぽく言って結論は丸投げするのかよ』
「ふふ。まぁ、そういうことだから。それに、いつまた入れ替わるか分かんないしさ」
『まぁ……だな。分かった、帰ろう』
「うんうん、それで良し!」
すっかり冷めきった珈琲を一息に飲み干し、ごみ箱へと持っていく途中、
「うわっと…! また俺か」またまた起こる入れ替わり。
『予兆でもあればいいのにね』
「だなぁ」
二人溜息を吐いて、一緒の呼吸で笑いが漏れた。
――案外、この人とならやっていけるかも――
どちらともがそう思ったが、すぐにお互い消えてしまうであろう未来を想像すると、言い出すことは出来なかった。