琢磨が呟いた。
 汐里が頷く。

「せっかくだから、このままどこかに出かけたかったのに」

『どこかって?』

「さぁ。琢磨とデート出来るなら、どこでも」

『――ずっと一緒にいただろ』

「行くってことに意味があるんじゃん、分かってないなぁ、女心ってやつがさ」

『知らん。桃さんとだって、別にそんなことはしなかったし。深い仲にはならなかったんだよ』

「ふぅん」

『あん時はなんつーか……飢えてたって言ったら良いのか分からないけど、初めて茜の元も離れて一人で出かけて、茜も、両親も、誰も居ないって思ったら、不思議と何かが恋しくなってな。誰かに親切にされたことも無かったから』

「誰でも良かった?」

『多分、その時は。でも、茜だって言ってただろ、素っ気なかったって。その程度のもんだったんだよ』

「それはどうかな。何とも思ってない相手の家、噂で聞いたからってわざわざ行く?」

『…………今となっちゃあ、確かめようも無いけどな』

「あはは、確かに」

 ふと、感じる。

『足、もう動かねえんだろ』

「分かる? うん、もう全然。多分、関節の内側がダイヤになってる」

『どんなメルヘンだそれ。おとぎの国にでも迷い込んで、悪い魔女に魔法でもかけられたのか?』

「それなら、まだ楽しめたかもね。なら、魔法を解くカギは王子様のキスだ。私、したことないんだよね。琢磨、やってよ。愛してるからさ」

『うーわ棒読み。愛してるよりも、好きだって言われた方がグッとくるな』

「えー、治してよー」

『それで治るんならいくらでも。何なら、もっと恋人らしいことでもしてみるか? 俺が王子様だってんなら、結婚して新しい王子様も作らなきゃだろ?』

「え、それは下ネタ。セクハラだよ」

『下ネタとか分かんのな』

「そりゃあ年頃だし? 女子のそういう話って、結構えぐいんだよ? もうね、ほんとやばいから」

『聞いてないって。勝手に盛り上がるな』

「盛り上がってませんー、セクハラやめてくださーい」

『うーわガキっぽい煽り方だなぁ、さては成熟してないな?』

「ふーん、琢磨よりかは大人な自信あるけどねー」

 二人して、

「ぷっ…」

『はは…』

 思わず、笑ってしまった。
 朝早い近所の迷惑など気にもかける様子すらなく、笑いたいままに笑った。
 声を上げて、笑った。

 これほどまでに清々しいのは、いつぶりだろうか。
 それくらい、笑って、笑って、笑った。

 そして、

「…………怖い、なぁ」

 本音を吐いた。