翌日の朝。

 せっかくの主人格である今、琢磨の地元へと赴く前に、汐里は自身の足で知音の元へ向かおうとしていた。

 そんな、矢先のことだった。

「あっ……」

 通りの角から顔を出したのは、件の知音――と、その隣に、

「お、おはよ、しお…」

 苦く笑いながら手を挙げる、美希の姿があった。
 軽く会釈だけ残してチラと見やった知音は、汐里を真っ直ぐに見据えて離さない。
 どこまで、どれをかは分からないが、話はした、ということだろう。
 なら。変な言葉はいらない筈だ。

「おはよ、知音。丁度、これから会いに行こうかなって思ってたとこ」

「入れ違いにならなくて良かった。せっかく、もう最後なんだもんね」

「あんまり寂しそうじゃないね」

「そう見せるのが得意なだけ。会えなくなるの、死ぬほど嫌。でも、仕方ないもんね」

「うんうん、仕方ない仕方ない。だからさ――」

 上手く笑えないながらも、表情を作って見せて。
 堪えきれなくなる前に、二人の横を通り過ぎる。

「だから、美希――てるくんのこと、お願いね」

 後ろでどんな表情をしているかは分からない。
 泣いているかも知れない。悔しそうにしているかも知れない。はたまた笑ったり、怒ったりしてるかも知れない。それでも――
 言わないよりかはマシで、見ないよりかはマシで。

「……うん」

 最後に声を聞けただけでも、随分とマシで。
 これだけ多くの時を一緒にして来た友達だ。多く語るよりも、それくらいの方が丁度良い。

 だからこそ。最後だからって、さようならを言うのは違う。悲しく分かれるのは、惜しんで離れるのは、違うんだ。
 知音は――美希だって、今なら分かっている、分かってくれている筈なんだ。

 だから、

「行ってきます」

 そう言う他は、違うんだ。
 少し離れた背中に届く、すすり泣く声。
 どちらのものでも、どちらともでも、同じだ。

(ありがとね、知音――ありがと、美希)

 心の中で唱えて、瞳を閉じて。
 すっかり晴れやかな気持ちで、目元を袖で拭って。
 汐里は、駅の方へと急いだ。