そうなんだ。
 知音は小さく呟いた。

「まぁ、お陰でちょっと考える時間はもらえた。だから——って言うのも変な話なんだけど、あんま知音は考えなくても大丈夫だ。時間こそ短いが、あいつのことは感覚として俺に伝わるからな。そればっかりは、知音にも分からんことだ。でも、安心してくれ」

 気休めだ。

「支離滅裂な台詞吐いてる自覚ある、仲村さん? まぁ良いんだけど」

 そこで一段落するかと思った会話。
 ふとして知音が、一層低い真面目な声音で「ところでさ」と続けた。
 汐里は、どうしてあぁなってしまったのか、と。

 本来なら語るべくではない。いる筈のない琢磨の口から語って、本人が後からそれを知った時、どのような反応をするのかなんて分かったものではないからだ。
 汐里が隠したいのならそれまで。知られたくないのであればそれを優先だ。
 返って親友である知音には知っておいてもらいたいと話すのであれば、それもまた良し。

 ただ、琢磨の口から語るのはダメだ。
 そう思って、黙って、言葉を詰まらせていると、まずいことを聞いちゃったかな、と知音が逆に恐縮してしまった。

「あぁいや、そうじゃない。そうじゃないんだけど……悪い。それは、汐里本人に任せようと思う。そうしなきゃダメだ。ダメなんだ…」

「うん、ごめん。今度目が覚めたしおに――」

 言いかけた刹那。
 ガラリと開かれた扉から、美希が顔を出した。
 いつもと変わらない無邪気な笑顔で。

「あー、いたいた二人とも。しお、もう大丈夫なの?」

 ふとした闖入者に、琢磨が一瞬表情を曇らせる。
 それを知音が目の端で捉えている様子も琢磨には分かってしまって、小さく知音にだけ聞こえる声で「いつも通り」とだけ伝えた。

「おはよ、みっきー。しおが外の空気を吸いたいって言うからさ、付き合ってただけ」

「え、やっぱりまだ本調子じゃない?」

「う、ううん、ほんとにちょっとだけ、何となくだよ」

 汐里らしく返しておいた。
 美希には心配させられない雰囲気は、いつも通りでなくてはならない。
 件の美希も、いつも通り。

 いつも通り、本音で本当に、心の底から嘘偽りなく、汐里の事を思って出て来る言葉を、ただ吐いているに過ぎない。
 そう。美希は優しい。何も悪いことなんてしてはいないのだ。
 誰が何と言おうが、誰が何をしようが、誰かの人生はその誰かのものでしかない。
 恋人だとしてもそういう関係だとしても、他人が口を出すようなことではないのだ。

 それは分かっている。
 頭では理解しているつもりだ。

 それでも。

「ねえ、美希」

「ん?」

 それでも――

「……ううん。ちょっと冷えて来ちゃった。ごめん、そろそろ教室戻ろっか」

 それでも琢磨は、根が臆病な人間だ。
 誰かを進んで糾弾するような人柄ではなかった。