美希にはたこ焼きを持たせておいて、残ったイカ焼きとフランクフルトをシェアしながら廊下を歩いていく。
 たまによその教室に顔を覗かせて、勧誘されれば少し楽しんで離れて。そんなことを繰り返して、辿りついたのは体育館。演劇も直前になれば人も増え、良い席が取れなくなるだろからと、最低限の席取りだけは許されていることを利用して座った。
 入りやすいように一番端を美希の席として荷物を置いておき、真ん中に知音、その隣に汐里だ。

「ふぅ。何だか、久しぶりに高校生活を謳歌してるって感じだわ」

「もう、おばさん臭いよ知音。私ら、まだ高校生なんだよ?」

 いつも通り、普段通り、特別な含みなく言い放ったその一言だった。
 しかし、それは思いもよらない刃となって、自分に帰って来る。

「私らは、まだ生きられるからね」

 そう、知音が言った。
 意地悪ではない。それは分かっている。
 今までずっと話さなかった、自分の心が痛かった。

「知ね――」

「なんてね。イカ貰い!」

 早口に短く言うと、隣でただ持たれているだけのイカ焼きに噛り付く。
 取り上げるでも奪い取るでもなく、そのまま噛り付いたのだ。

「おっとと……ちょ、落ちるじゃない」

「ちゃんと支えてくれる優秀な友人がいますから、ええ」

「責任丸投げってどうなのよ……」

 汐里は呆れて肩を落とした。
 知音は笑って「まぁまぁ」といつも通り。いつも通りではあるのだが、気を遣っていることも明らかだ。

 しかし、気を遣わせないようにと思っていつも通りを心がけると、それはそれで自分が気を遣って言葉が出てこなくなる汐里。頭の中で「あれは駄目これも駄目」と考えて、完結して、選んでいくとなくなってしまう。
 それはもういつも通りではない。それは分かっている。けれど、どうにも考える頭を止めることが出来なかった。

「さて、席を取ったは良いんだけど、何して時間潰そっか?」

 私から齧り取ったイカ焼きを喉へと送り、ふぅと一息つくと知音が言った。
 別段することもないのだが、かといって何もしないというのもまた時間の無駄だ。
 どうしようか。そう返した瞬間だった。

 スカートの中でスマホが短く震えた。長く断続的なものでない辺り、メールであろうと予測される。
 ごめんと一言知音に断りを入れて、汐里はスマホを取り出して差出人を確認した。

――《新着メッセージ:茶臼山輝典》――

 スリープを解除した画面に、そう表示されていた。
 確か、昨日の約束だと電話を入れると言っていた筈。どうかしたのだろうか。
 考えられる理由としては、生徒会が忙しい、あるいは少し周りが五月蠅いから電話は不可能だ、はたまた周りには聞かれたくない、とかか。
 そう勘繰り、メールの内容を表示させると。

《風邪ひいちゃって、学校休んでる。ごめんね、今日は行けなさそうなんだ》

 と、短くただそれだけ綴られていた。
 なるほど、風邪か。なら仕方がない。まだ文化祭は明日もある。午前中だけだが明後日だってある。それが駄目なら、来年から行く大学の学園祭、下手をすれば町内の小さなお祭りだって――

(馬鹿じゃないの……)

 正直、気分は落ち込んだ。
 明日は生徒会が忙しい。最終日、会長の仕事が忙しいことは知っている。大学には行けないし、町内のお祭りにだって参加は出来ない。
 勝手に舞い上がっていた自分が馬鹿馬鹿しかった。風邪でなくとも、急に生徒会が忙しくなることだって、会長という立場なら呼び出しがあることだって。いくらでも、こうなるそうなる可能性はあった筈だ。

 それを忘れ、無意識の内に脳内から消し去って、考えないようにして、ただ楽しみに今日を迎えていたことが、何より無様だ。
 それはそうだ。全て、自分の思い通りになるだなんて考えは傲慢だ。

「しお? どしたの?」

 俯く白汐里が、知音の目には具合が悪そうに移ったのか。
 親友人生で唯一の勘違いが、今で良かった。

「――ううん、ごめん、会長から呼び出し! 嬉しくて」

『お、おい…!』 

 慌てて制しようとする琢磨だった。そんなことをして傷つくのは、汐里自身であろうと。
 しかしその声は、汐里には届かなかった。聞かないようにして、誤魔化すことに専念していた。

「思ったより早かったじゃん。まぁいっか、行っといで」

「ごめんね知音。明日からは、何もないから」

「いっちょ前に気なんか遣わないの。ほら行った行った、楽しんでおいでよ」

 これが最後のチャンスなんだから。
 言葉の最後には、確かにそう付け足されているようだった。
 そんな思いやりを、裏切ることになるというのに。

「ありがと! じゃあちょっと、最初で最後のデートに行ってくる!」

 二人には『ただの幼馴染』だと言ったのに。
 二人はそれを知っていて、納得もしてくれたのに。
 敢えて強く出ないと、直ぐに勘付かれてしまいそうな予感があった。