「ありがと。でも、言った通り、無理ならいいんだからね」
「うん。でも、良いの。ちゃんと、覚悟は出来たから」
さりげなく告げられたその二文字に、冷静だった知音も思わず息を呑んだ。嫌な汗が額に滲んで、身体の奥が熱くなる。
そうして話されるのは、病名、病状、進行状況。
しかしその中には、まだ琢磨が知らないことも含まれていた。
「あとどれだけ生きられるか。それはまだ、仲村さんにも話してなかったね」
『あぁ。まだ話してないことはあるけど、って言ってたな』
「もう隠さないことにするね」
そう言ってポケットから取り出したのは、汐里の状態について説明されたあの初日に、これがその証拠だと見せつけられたダイヤモンドの欠片だった。
「一番最初に吐き出した物。それにだけ、日付をペンで書いてるの」
「日付…?」
「うん。症例こそ少ないけれど、宝石病にかかった人たちは例外なく、それぞれの宝石を吐き出した日から丁度ひと月で亡くなってしまうの。そして、私がこれを吐き出したのは――」
汐里は続けざまに言いかけ、少し淀んだ。
しかし、ここまで話して隠し通すことも出来ず、深呼吸を二つ、ようやく口を開いた。
文字通りの覚悟を以って言い放つ数字は、
「四月十日。つまりリミットは――」
「五月……十日…」
汐里の代わりに、知音がそれを口にした。汐里はそれに無言で頷く。
「私、仲村さんにも嘘ついてた。聞かれなかったからだったけどね。黙ってたのは確か」
『あぁ。俺が君に移ったのは――いや、目を覚ましたのはって言った方がいいんだろうな。それが六月半ばだ。俺が死んだのが三月、余命は五月。おかしな話だ』
「うん、そう。実を言うと、貴方の記憶というか、意識は、私がこれを吐いて直ぐに移ってたんだ。黒いおじいさんがやって来て、その翌日に」
おじいさん。琢磨の元にもやってきた、コートの老人だ。
『じいさん、か。なるほどな。それで、やけに聞き分けが良かったのか。説明ありき、且つ考える時間もひと月あったって訳だ』
「貴方も結構、察しが良いよね。そう、そういうことだよ。もう、延命は成されてるの。後遺症って説明があった通り、すぐには顕れなかったみたいだね」
後遺症というよりかは、術後合併症と言った方が正しそうだった。
内にいる琢磨と会話をしながら、汐里は知音の表情の変化も当然見逃してはいない。段々と苦い表情へと変わっていく知音の様子に、ずっと黙っていた自分が何より許せなかった。
「説明された延命帰還は、半年丁度。おじいさんが私に会いに来たのが四月の二十日で、仲村さんが移ったのがその翌日。つまり、新しいリミットは、十月の二十一日。明日の文化祭開始日が十月の五日――黙っててごめん、知音。本当に、ごめんね……」
謝られても。そう言っているかのように、知音の目からは自然と涙が流れていた。
嗚咽も声も、何も混ざっていない涙。
しかし、知音はすぐに涙を拭き、切り替えて立ち上がった。そして隣で情けない表情をしている汐里の手を取って立たせ、次の言葉を並べられるより先に力の限り抱きしめた。
汐里からしてみればその行動も予想外だったようで、結局は口を開けて固まってしまう。
「私も、しおが大好きだわ。貴女が友達でよかったよ」
「知音…?」
「ちゃんと話してくれてありがと。お陰で、手遅れにならずに済んだ」
「う、ううん、私こそやっぱりごめんね。遅くなってって言うか、下手をすれば、知音から聞かれなかったら話さなかったかも知れない……」
「『たられば』なんて言いっこなしよ、ちゃんとこうして話してくれたんだから」
「……ありがと」
「そうそう。どういたしまして!」
と言いながら、まるで汐里が年下の友人であるかのように頭を撫で回す知音。されるがままの汐里も意外なことに嫌ではないようで、まんざらでもなさそうな表情である。
しかし、おまけに「良い子良い子」と唱えられ始めると、途端に恥ずかしさが押し寄せて来て、慌てて知音の手を振り払った。
「あらら、残念」
「もう、またそうやって…!」
と、少しばかりではあるが憤慨していると、
「ふふ」
口元に手を添え、上品に笑う知音。
「やっぱりしおは、ちょっとカリカリしてるくらいが良いかな」
「な、何よそれ……もう」
呆れて、大きな溜息が零れた。
美しきかな友情は。そんなことを再認識した汐里であった。
と、言葉には出さずに、心の中で琢磨に呼びかけがあった。
(ちゃんと話すって言ったからには、何も隠さないわ。家に帰ったら、あと一つ残ってることも話す)
『残ってること?』
(今は聞かないで。見た方が早いわ)
『……分かった』
それが何を意味しているのか、その時すぐには分からなかった。ただ、知音と抱き合っている汐里の心は、どこかぽかぽかと温かく感じてしまった。
それ以上は他の言葉も質問も、今は何も必要なかった。
「うん。でも、良いの。ちゃんと、覚悟は出来たから」
さりげなく告げられたその二文字に、冷静だった知音も思わず息を呑んだ。嫌な汗が額に滲んで、身体の奥が熱くなる。
そうして話されるのは、病名、病状、進行状況。
しかしその中には、まだ琢磨が知らないことも含まれていた。
「あとどれだけ生きられるか。それはまだ、仲村さんにも話してなかったね」
『あぁ。まだ話してないことはあるけど、って言ってたな』
「もう隠さないことにするね」
そう言ってポケットから取り出したのは、汐里の状態について説明されたあの初日に、これがその証拠だと見せつけられたダイヤモンドの欠片だった。
「一番最初に吐き出した物。それにだけ、日付をペンで書いてるの」
「日付…?」
「うん。症例こそ少ないけれど、宝石病にかかった人たちは例外なく、それぞれの宝石を吐き出した日から丁度ひと月で亡くなってしまうの。そして、私がこれを吐き出したのは――」
汐里は続けざまに言いかけ、少し淀んだ。
しかし、ここまで話して隠し通すことも出来ず、深呼吸を二つ、ようやく口を開いた。
文字通りの覚悟を以って言い放つ数字は、
「四月十日。つまりリミットは――」
「五月……十日…」
汐里の代わりに、知音がそれを口にした。汐里はそれに無言で頷く。
「私、仲村さんにも嘘ついてた。聞かれなかったからだったけどね。黙ってたのは確か」
『あぁ。俺が君に移ったのは――いや、目を覚ましたのはって言った方がいいんだろうな。それが六月半ばだ。俺が死んだのが三月、余命は五月。おかしな話だ』
「うん、そう。実を言うと、貴方の記憶というか、意識は、私がこれを吐いて直ぐに移ってたんだ。黒いおじいさんがやって来て、その翌日に」
おじいさん。琢磨の元にもやってきた、コートの老人だ。
『じいさん、か。なるほどな。それで、やけに聞き分けが良かったのか。説明ありき、且つ考える時間もひと月あったって訳だ』
「貴方も結構、察しが良いよね。そう、そういうことだよ。もう、延命は成されてるの。後遺症って説明があった通り、すぐには顕れなかったみたいだね」
後遺症というよりかは、術後合併症と言った方が正しそうだった。
内にいる琢磨と会話をしながら、汐里は知音の表情の変化も当然見逃してはいない。段々と苦い表情へと変わっていく知音の様子に、ずっと黙っていた自分が何より許せなかった。
「説明された延命帰還は、半年丁度。おじいさんが私に会いに来たのが四月の二十日で、仲村さんが移ったのがその翌日。つまり、新しいリミットは、十月の二十一日。明日の文化祭開始日が十月の五日――黙っててごめん、知音。本当に、ごめんね……」
謝られても。そう言っているかのように、知音の目からは自然と涙が流れていた。
嗚咽も声も、何も混ざっていない涙。
しかし、知音はすぐに涙を拭き、切り替えて立ち上がった。そして隣で情けない表情をしている汐里の手を取って立たせ、次の言葉を並べられるより先に力の限り抱きしめた。
汐里からしてみればその行動も予想外だったようで、結局は口を開けて固まってしまう。
「私も、しおが大好きだわ。貴女が友達でよかったよ」
「知音…?」
「ちゃんと話してくれてありがと。お陰で、手遅れにならずに済んだ」
「う、ううん、私こそやっぱりごめんね。遅くなってって言うか、下手をすれば、知音から聞かれなかったら話さなかったかも知れない……」
「『たられば』なんて言いっこなしよ、ちゃんとこうして話してくれたんだから」
「……ありがと」
「そうそう。どういたしまして!」
と言いながら、まるで汐里が年下の友人であるかのように頭を撫で回す知音。されるがままの汐里も意外なことに嫌ではないようで、まんざらでもなさそうな表情である。
しかし、おまけに「良い子良い子」と唱えられ始めると、途端に恥ずかしさが押し寄せて来て、慌てて知音の手を振り払った。
「あらら、残念」
「もう、またそうやって…!」
と、少しばかりではあるが憤慨していると、
「ふふ」
口元に手を添え、上品に笑う知音。
「やっぱりしおは、ちょっとカリカリしてるくらいが良いかな」
「な、何よそれ……もう」
呆れて、大きな溜息が零れた。
美しきかな友情は。そんなことを再認識した汐里であった。
と、言葉には出さずに、心の中で琢磨に呼びかけがあった。
(ちゃんと話すって言ったからには、何も隠さないわ。家に帰ったら、あと一つ残ってることも話す)
『残ってること?』
(今は聞かないで。見た方が早いわ)
『……分かった』
それが何を意味しているのか、その時すぐには分からなかった。ただ、知音と抱き合っている汐里の心は、どこかぽかぽかと温かく感じてしまった。
それ以上は他の言葉も質問も、今は何も必要なかった。