パズルゲームを再開してしばらくすると、台所からくる酢のにおいを認めた。

 「お酢くっさ」と鼻を覆うと、「君の好物だよ」と母の声が返ってきた。

 「え、こんこん寿司?」

 「しかもわさびじゃ」

 「おやおや。神様からの贈り物だね」


 台所から洗い物の音がやんだとき、わたしは台所に入った。

 「味見してあげようか?」と母の後ろから言うと、彼女は「大丈夫よ」と言う。声こそ穏やかだが、並べる言葉は実に酷である。

 「意地悪言っちゃ嫌」と言って、わたしは作業台にある皿に並んだこんこん寿司に手を伸ばし、「こら」と言う母の声に笑い返してその輝かしい茶色にかぶりつく。甘辛いお揚げに包まれた独特な甘酸っぱさの米は、鼻をつんと抜ける爽やかな辛さも併せ持っている。

 「ああ、美味じゃ」

 「誰が作ったと思ってるの」

 「我が家のに勝るわさびこんこん、どこにもないと思うんだけど」

 「そりゃあ、そんじょそこらのとは愛情の込め方が違うからね」

 わたしは残りの半分ほどのこんこん寿司を口に収め、二つ目のそれに手を伸ばす。

 母は「加減してね」と言うと、居間の方を振り返った。「電話鳴ってる」と、そちらへ進んでいく。居間で電話を取り、「もしもし」と声を発すと、少しして、「ええ?」と、驚いたような落ち込んだような、複雑な声を発した。何度か、「はい」だの「うん」だのと頷くと、「わかった」と真面目な声を返して、「またね」と電話を切った。

 「どうしたの?」

 「お父さん、帰り遅くなるって」

 「ああ、そう」安心と同時に、拍子抜けもした。いつになく真面目な声を発すものだから、なにか大きなことでもあったのかと不安になったのだ。

 「お腹空いた?」と言う母へ、「空いた」と即答する。彼女は「じゃあ食べようか」と笑って、台所へ戻ってくる。そして床に置いてあった袋から野菜を取り出し、慣れた手つきでそれに包丁を入れる。「この野菜たちも安かったの」と嬉しそうに言う。「少し前に高くなってるとか言ってたのにね」と返すと、「それ結構前じゃない?」と母は苦笑する。「だっけ」と同じように返す。

 「おみおつけよそっておいて」と言う母へ、「なにそれ」と返す。「あら嫌だ、いつもそう言っているでしょう?」と彼女は言う。その視線の先には、味噌汁が入っているのであろう片手鍋がある。「普段ごりごりに『味噌汁』呼ばわりしてるじゃん」と苦笑して、玉杓子を取って鍋の下のコンロに火を点ける。味噌汁は沸騰させるな、と前々から言われていた。当時は理由がわからず、それでも沸騰はさせぬようにと注意していた。

味噌汁を沸騰させてはいけない理由を知ったのは、まさにその経験をしたときだった。あるとき、飲んだ味噌汁が変な味に感じ、理由を探ったところ、味噌汁を温めていた鍋がぐらぐらと音を鳴らしていたことを思い出した。沸騰させると塩辛くなるなどと聞いたことがあるような気もしたが、塩辛いとも言えない、実に変な味だった。