「会社によ、やたらに本を読む奴がいるんだ」

 「うん」

 「そいつ、最近悩みがあるらしいんだ」

 「うん」

 「なんだと思う?」

 「……え?」

 「そいつの悩み。なんだと思う?」

 「いきなりクイズ?」

 「いいから」

 「読書家であることは関係あるの?」

 「おう」

 「ふうん……。じゃあ、活字中毒」

 ぶっぶー、と言って、増家は笑う。「自分で考えられなくなってんだって。なんか、本――特に小説って、疑似体験……なんだって。それでなんか、満足しちゃってるとか言ってたかな。そんでなんか、自分で考えられなくなってるって」

 「へえ」

 「まあ、お前もそうだってわけじゃあねえけど、ちょっと息抜きした方がいいのかなって思って。ちょい強引に連れ出した」

 「そう」

 「なんかごめん」と言う増家へ、「ううん」と返す。「むしろありがとう。久々に外という外に出て、心地いい」

 「そうか」

 「君は、普段からこうして自然を感じてるの?」

 「まあな。仕事とかしてると、疲れんべ? だから休日にゃこうしてのんびりすんだ」

 「へえ」

 「眠くなってくるだろ」

 「……ううん」小さな見栄だ。「庭の方が心地いい。ブナの根元で本を読むのも、僕には幸せだ」

 「ふうん。お堅い人だねえ。まあいいさ、これからも適度に息抜きするんだぞ」

 「そうだね。最近、庭にも出てなかったから。出掛けても買い物だとか図書館だとかで」

 「ほうん。おれには向かん生活だな」

 煙草の箱を取り出す増家の手から箱を奪うと、彼は「おお」と声を発し、「一本は残してくれよ」と苦笑する。

 「園内禁煙だよ。見てないのか」

 「喫煙者に意地悪な時代ですな」

 受動喫煙だっけ、と彼は呟く。「吸わないから返して」と言う増家の手に煙草の箱を返すと、それは大人しくポケットへ箱を収めた。