増家は食器洗いを済ませると、伸びをした。深く吐いた息に、「ああ攣る攣るっ」と焦ったような声を続ける。

 不意に頬へ感じた氷のような冷たさにわっと声を漏らす。「なに」と振り返ると、増家は「ほれ」と派手な缶を差し出す。端には“お酒”の表記がある。「僕、暇じゃないんだけど」と返せば、「だからだよ」と彼は活発な少年のような笑みを見せる。それは日没の近い空の下、形こそ小さな宝物を探し、見つけてくれた子のようなものだ。「今日はおしまいだな」と苦笑して、僕は缶を受け取る。

 増家は開けた缶の半分はいったかというほどを一気に飲むと、「冷えたビールという至福」と、確かに幸せそうに声を発した。僕は小さく二口ほど飲んだ。

 「なんでこんな冷えてるの」とこぼせば、「冷蔵庫を借りたのさ」と増家は得意げに歯を見せる。煙草だ紅茶だ珈琲だと常日頃より苛め抜いている割には、白く綺麗な歯だ。僕と違って人と接する仕事だ、人並みかそれ以上には見た目にも気を配っているのだろう。

 「お代わりならいくらでも言え? たんまり持ってきたからな」

 「無駄な出費をするんじゃないよ。一歩間違えれば、君の出費は僕の出費なんだ」

 「いいじゃんか、お前金使うの好きだろ?」にっと口角を上げる増家に、僕はため息をつく。もしも、彼はこのままに、僕が異性愛者の女性だった場合には、母性本能とやらがくすぐられてしまうのだろう。