しばし蝉の声を聴いて、増家は「お前さ」と声を発した。「敏感で鈍感な奴ってどう思う?」

 「敏感で鈍感? 人間らしいんじゃない?」

 「そうか」

 「なんで?」

 「いや、別に」

 「君はどう思うの?」

 お前さあ、と彼は笑う。「いい加減名前で呼んでくれてもいいんじゃあねえの?」

 「嫌だ」きっぱりと答えると、こいつ、と増家は笑う。

 「いいじゃんか、なんで嫌なんだ?」

 「なんか嫌だ」

 「ふうん。本当に変わってんな。二人称『君』って。フィクションで稀にいるくらいだぞ」

 「僕ってなんか現実味に欠けるでしょう?」

 「おっ、自覚症状出てきた」

 「まあ、それがどうってわけじゃないけど」

 増家は深く呼吸した。「ますいえ。『M』『A』『S』『U』『I』『E』、『ますいえ』」きもち語呂悪いな、と彼は呟く。「嫌?」と言う彼へ「嫌だ」と返す。

 「ふうん。すげえ拘りだな」

 「拘っちゃいないけど」

 「じゃあ一回くらい呼んでくれてもよくね? 増家、って」

 「君こそ、なんでそんなに名前で呼ばれることに拘るの」

 「別に拘っちゃいねえけどよ。なんか寂しくね? 中学のときからずっと君って」

 「そう?」と返せば、「ああ」と肯定の声が返ってきた。