ココアを淹れ、僕は皿を取り出した。増家が「気まぐれの差し入れだ」と言っていた菓子を並べる。普段の袋よりも随分大きいと思っていたが、これほど大きな中身が入っているのなら納得だった。

 お盆を掌に載せてドアを開ける。「すみません」と困ったように笑みを浮かべる彼女へ、「いいえ」と返す。「とんでもないです」

 テーブルにカップを置くと、彼女は「このココアって」と声を発した。「どこのなんですか? いえ、すごくおいしいので気になって」

 「どこ……というか、手作りなんだ」言いながら、彼女の前に皿を置き、自分の前に紅茶を淹れたカップを置いた。その隣に皿を置く。興味あり気に皿を見る彼女へ、「友達がくれたんだ」と伝える。「へえ」と彼女は言う。その声にはちらと嬉しさが顔を出している。

 「え、ココア手作りなんですか?」

 「うん。ココアパウダーとグラニュー糖、粉乳と塩とを適量混ぜて、基を作って常備してあるんだ」

 「へええ、すごい」

 口の中で笑いを噛みながら、彼女と向かい合う位置の椅子に腰掛ける。

 「……信じた?」

 「え?」

 「冗談だよ冗談。そんなお洒落なことはしないよ。淹れてるココアは市販のものだ」

 「へええ。じゃあ、ここで飲むからおいしいんですかね」

 「そう思ってくれるなら、いつでも来てくれればいい」

 「本当ですか?」

 「ああ。僕にはもう、久しく予定というものがないからね」

 「ふうん……。え、なんでですか?」

 「必要ないから、かな」

 「ほう……」答えになっていないとでも思っているような表情だ。

 「僕はね、もう向いていないことはしないと決めたんだ」

 「向いてないこと?……そんなことあるんですか?」

 「あるとも。それはそれは多分にね」

 「完璧な人っていうイメージが勝手にあるんですけど……」

 「僕をそう思う君のことは否定しないけど、完璧という言葉は否定するかな」

 彼女は理不尽ななぞなぞを解説されたときのような、複雑な表情を浮かべた。僕は小さく笑い返し、こういうことだよと密かに返す。僕はしかし、他人様との会話が苦手だ。