指先の火を消し、携帯灰皿へ放る。「なあ」と、増家は短い沈黙へ声を放った。
増家が続けた言葉のために、僕はドアを開いた。中は四畳半の図書室だ。室内を囲む備え付けの本棚に隙間はない。二か月ほど前に一部の本を売ったが、その隙間はすぐに埋まった。
増家は室内に入ると、辺りを見回す。「しかし随分とあるなあ、本。こんなに要るか?」
「君に貸すための保管庫だよ」
「嘘つけよ」と言う増家に笑い返し、「なんでも好きなもの持って行って」と続ける。彼が遊びに来た際には、こうして度々本を貸している。金と労力がもったいないと言った彼の声がきっかけだ。僕がお望みのものがあればと返して始まった。
使ってとビニール袋を差し出すと、増家はサンキュと受け取った。
「品揃え変わっちゃいないだろうな?」
「少し変わってるよ」
「おれのための保管庫なんだろ?」
「嘘ついた」
増家はしばらく室内を物色し、五冊の本を袋に入れて出てきた。
「もはや小さな本屋さんだな」と笑う増家へ、「捨てられないんだよ」と僕は苦笑する。
彼はそのまま、「今日は帰るわ」と玄関へ向かった。靴を履いて引き戸に手を掛ける増家を、僕は「あのさ」と呼び止めた。「どうした」と笑って、彼は振り返る。
「まだ、途中なんだよ」
「……なんの話だ?」
「君は、まだ途中なんだ。理想の形になる、その途中」
「はあ。……頑張れってか?」
ううんと僕はかぶりを振る。「そんなことは言わない。僕は知ってる。中学卒業の後、君が一つの道を究めたこと。それに伴った労力も」なにを言っているのだと言いたげな増家の表情に、「でも」とそのまま続ける。「それ以上に君がよく知ってる。その飽くなき好奇心を」そしてそれが、必ずや労力に見合った結果を連れてくることも。彼はいつもそうだった。好奇心を行動力にし、すべての労力をそれに注ぎ込んでは結果を出してきた。そんな彼に、こんなことのために今までやってきたのではないと、目標の達成を中断してほしくなかった。
増家はキッと吊った目尻を落とし、口角は得意気に上げた。「おれは端っから辞める気なんざねえって言ったろ?」ニワトリ野郎めと笑って、「本サンキューな」と、玄関を出て行った。僕は閉められた扉を施錠する。ああ、僕は彼の、獣が獲物を捕らえる瞬間のような、あの目が好きだ。腹を空かせた猛虎のような、情熱の滾るあの目。
増家が続けた言葉のために、僕はドアを開いた。中は四畳半の図書室だ。室内を囲む備え付けの本棚に隙間はない。二か月ほど前に一部の本を売ったが、その隙間はすぐに埋まった。
増家は室内に入ると、辺りを見回す。「しかし随分とあるなあ、本。こんなに要るか?」
「君に貸すための保管庫だよ」
「嘘つけよ」と言う増家に笑い返し、「なんでも好きなもの持って行って」と続ける。彼が遊びに来た際には、こうして度々本を貸している。金と労力がもったいないと言った彼の声がきっかけだ。僕がお望みのものがあればと返して始まった。
使ってとビニール袋を差し出すと、増家はサンキュと受け取った。
「品揃え変わっちゃいないだろうな?」
「少し変わってるよ」
「おれのための保管庫なんだろ?」
「嘘ついた」
増家はしばらく室内を物色し、五冊の本を袋に入れて出てきた。
「もはや小さな本屋さんだな」と笑う増家へ、「捨てられないんだよ」と僕は苦笑する。
彼はそのまま、「今日は帰るわ」と玄関へ向かった。靴を履いて引き戸に手を掛ける増家を、僕は「あのさ」と呼び止めた。「どうした」と笑って、彼は振り返る。
「まだ、途中なんだよ」
「……なんの話だ?」
「君は、まだ途中なんだ。理想の形になる、その途中」
「はあ。……頑張れってか?」
ううんと僕はかぶりを振る。「そんなことは言わない。僕は知ってる。中学卒業の後、君が一つの道を究めたこと。それに伴った労力も」なにを言っているのだと言いたげな増家の表情に、「でも」とそのまま続ける。「それ以上に君がよく知ってる。その飽くなき好奇心を」そしてそれが、必ずや労力に見合った結果を連れてくることも。彼はいつもそうだった。好奇心を行動力にし、すべての労力をそれに注ぎ込んでは結果を出してきた。そんな彼に、こんなことのために今までやってきたのではないと、目標の達成を中断してほしくなかった。
増家はキッと吊った目尻を落とし、口角は得意気に上げた。「おれは端っから辞める気なんざねえって言ったろ?」ニワトリ野郎めと笑って、「本サンキューな」と、玄関を出て行った。僕は閉められた扉を施錠する。ああ、僕は彼の、獣が獲物を捕らえる瞬間のような、あの目が好きだ。腹を空かせた猛虎のような、情熱の滾るあの目。