僕は駒を動かした後、カップに手を付けた。残ったぬるい珈琲を啜る。次の増家の一手で、この対局は終わりだ。「チェックメイト」。彼の声でその言葉を聞いたのは、今回が初めてだった。黒き王妃が僕の分身を見つめている。

 「まさかお前に勝てる日が来るとはな」

 「言ったろう。僕は特別に優れているわけではないんだ」

 「さあどうかな。どんな格闘家や陸上選手だって、街中で大きな車が猛スピードで突っ込んで来ちゃあ、太刀打ちできない」

 「これは事故だと?」

 「お前があの場面であんな一手を打つはずがない。あの駒が仕事を放棄したのか王自身が殺せと言ったのか知らんが、やれと言うようなもんだった」

 おれお前のことはなんでも知ってんだと言う増家へ「そうかい」と返す。

 「それじゃあ、突っ込んでいった車の持ち主の、酒気帯び運転のせいだね」

 「珍しいな、あの隙のないお前が」

 増家は煙草の箱を取り出し、一本咥えて先に火を点けた。彼の吐き出した煙を払うと、彼は「吸うか?」と箱を差し出す。「もういい」と返し、「この部屋にも換気扇つけようかな」と続けてやった。