「庭に出ていいか」と言う彼に付いて庭に出た。彼は煙草を咥え、「一本いかが」と、頭が一つ出た箱を差し出す。増家に煙草に誘われるのは、もう六度目だ。銘柄は時折変わり、今差し出されたのも、前回のものとは違う。「『経験』ね」と、僕は出ている頭を引き抜いた。「火」と手を差し出すと、「ほれ」と重みが返ってきた。ブランド物のジッポライターだ。初めて見たときと、だいぶ印象が違う。咥えた煙草に火を点けて返すと、「かっこよくなってきたろ」と増家は自慢げに笑った。「劣化をそう言うならそうなんじゃない」と返し、煙を吐く。

 増家にこう煙草を差し出されたのは、二十歳の誕生日のことだった。「酒も煙草も解禁だろ?」と、頭が一つ出た箱を差し出された。何度か拒むと、彼は「これも経験だ」と、僕の行動力を掻き立てる言葉を吐いた。初めてのそれは最悪だった。激しく噎せて、「大丈夫か?」と笑う彼に「川が見えた」と返したのを覚えている。こんなものを楽しげに吸っている者の気が知れないというのが素直な感想だった。

 それが今では、と心中に苦笑を漏らす。勧められてはほいほいと受け取り、慣れたように火を点けては煙を吐いている。これに特別な快楽(けらく)を感じているわけではないが、同じように苦痛を感じているわけでもない。腹が減っているわけではないが、食べるかと言って菓子の袋を差し出されたとき、ふっと中身を一つ受け取るのと同じような感覚だ。

 「岸根も大人になったな」増家はぽつりと言うと、ふうと煙を吐く。

 「どちら様ですか?」と、僕も同じようにして返す。

 「いろいろ変わったなあと。中学卒業した後に初めて会ったときにゃ、誰だかわかんなかったくらいだ」

 「そんなに?」

 「まず見た目が違えんだ」ありゃ驚いた、と増家は笑う。煙草を咥え、天を仰いで煙を吹く。

 「銘柄は? いい加減落ち着いたの?」

 「いいや、まだあちこち手出してる」

 「そう。まあ、くれぐれも健康には気を付けて」

 「そりゃどうも」

 短くなった煙草の火を消し、増家の持っている携帯灰皿に吸殻を入れる。